酪農業の苦悩と2024年の展望
過去に類を見ない逆風の中、組合がとってきた対応と今後どうなっていくのかの予測と期待
インタビュー:浦山 宏一 (うらやま こういち)
道東あさひ農業協同組合 代表理事組合長
酪農業界が直面してきた生産抑制の問題やその影響
生産調整っていうのはこれ初めてではありません。昭和54年以降4度ほどありました。しかし今回の生産調整の中身が違います。今回は長期抑制型の生産調整です。ただ生産調整を行う背景としては過去3回に比べ、酪農を取り巻く環境が非常に異なります。その要因のひとつは新型コロナウイルスです。もうひとつはロシアのウクライナ侵攻。この2つが影響して世界的に資材や燃料が高騰しました。
その結果、飼料をはじめとしあらゆるものが一気に値上がりしました。生産資材の高騰の中、乳量を抑えなければいけないということですから、通常の経済環境の中での生産抑制に比べると、利幅が少い部を乳量を増やして何とか採算を合わせるという手法を取ることができませんでした。
また、酪農だけでなく、一般の消費者にとっても物価が上がっているという状況の中では、どうしても食べるものに対して、財布の紐がきつくなります。そうすると、原料である生乳を抑制していても、乳製品の買い控えが続くと、在庫の解消も過去に比べると非常に難しいという状況の中でした。
逆に過去に例を見ないぐらい、資材の高騰、特に餌などに関しては国から補填していただきましたし、配合飼料安定基金の制度も、通常では発動できない部分についても、その要件を見直していただいて、補填をしていただきました。さらに別海町では、令和4年度で3ヶ月分、令和5年度では半年分の水道料を免除していただきました。北海道でもさまざまな形で補填していただきました。生乳の出荷を抑えることによって、減収してしまった収入を補填全てカバーできるものではありませんでしたが、対策も打っていただいたということは、大きな力になったと思います。
生産抑制が令和3年度の後半から続き、やはり生産現場は非常に疲弊しています。
かなり疲弊している上、乳頭数も減ってきており、令和5年度は399万tの目標乳量に対して、恐らく392万tから3万tくらいまでしか北海道としても生産することができません。特に昨年の夏の猛暑の影響を受け、予想外の減産を強いられました。
北海道の酪農対策協議会と呼ばれるものがあり、酪農対策協議会の委員には各組合長やホクレンの副会長、中央会の役員などが入り北海道全体での議論が行われ、現状や需給の動向を踏まえて乳量などの方針を決めています。
基本的には我々が決めつつも、やはり予想以上に消費が落ち、牛乳の値上げに伴う製品の値上げがあるわけです。それもまた消費の減退には大きく影響を及ぼしていることは間違いないだろうと思っています。
令和6年度は北海道としては、5年度の目標乳量に対して1%増の目標を立てました。抑制からは少しずつ解放をして、今後何年かかけてコロナ前までに生産量を伸ばしていこうという流れになっています。
一方で、この2年間の生産抑制は在庫調整に大きく寄与したことに間違いありません。しかし、生産抑制によって生産現場が傷んでいると感じます。モチベーションも含めて、生産現場の生産能力が疲弊してしまったなと感じますし、今後の課題でもあります。
農協や酪農家が価格変動や収益性の変化に、具体的にはどのような対応をおこなって来たのでしょうか
抑制していただく乳量に対して、農協がこれだけ減らしていただくようにお願いします。平均でいくと大体2.2%から2.5%減ぐらいです。その分組合員の平均的な所得はkg当たり20円程度であるため、その減らしていただいた分に対してkg当たり20円の補填をおこない支援しました。
また、総額で1億円の予算を組み、高騰し原価が跳ね上がった分に対して、ある程度補填するという対策を打ちました。
令和4年の場合は、期中においても5万tの減産をお願いしているので、その手数料に見合う分としてホクレンから組合にも補填があり、それは全て組合員の補填につなげました。
このように収入の減少分を補填する対策を講じてきました。ただ、単協の予算でおこなう対策には限度がありますし、仮に1億の予算を補填に当てましょうとなっても1戸当たり20万から25万円ぐらいにしかなりません。
そのような状況の中なので、なかなかご理解いただけず増産した組合員もいますし、逆に、自分の生産枠までで搾れない人も多くいます。結果として農協の枠の98%の生産量でありました。
蛇口ののように開け閉め出来るわけではありません。牛乳は日々の生産活動の積み重ねの上に出てくる量です。だからそれをピッタリ合わせることは難しく、最終的に農協の全体の枠としてその中に収まればいいわけです。
組合員にしてみれば不公平を感じた方もいらっしゃったと思います。組合員の皆さんには、そういった相対的な理解をいただくことや、農協としては不十分ながらも、ある程度の補填をさせていただくことを進めてきました。この双方で進めてきた中で、必ずしも全ての組合員が理解していただいているとは言えませんが、結果としては、農協としては、農協の枠内で精一杯搾るという方針を貫いてきました。
先程言ったように、昨年の11月に生産抑制から舵を切るような形で軌道修正を行う方針で決まりました。少なくとも本年度の目標より1%増やすと、令和6年度の目標を早々と立てるように発表したということが、生産抑制の変化として感じられる出来事でした。
昨年の4月にホクレンを中心にメーカーとの交渉の中で乳価の10円値上げがありました。その後8月に飲用が上がり、用途別のプール乳価が2円20銭ほど上がりました。
また、全国規模で需給調整をおこなっており、各農家1戸当たり40銭支出して需給対策に使用しています。生産者が拠出したものに、メーカーや国もそこに資金を入れいます。しかし、そのスキームをどういう形で使用するかが10月頃までなかなか整理がされませんでした。この他に、北海道独自で3円10銭の拠出をしています。
当初120億円の予算で組みましたが、60億円ぐらいで充分ということになり、残りを生産者に戻すことになりました。これをkgに換算すると1円90銭です。
12月に、生クリームとバター向けだけ60円上がりました。ただこれを我々が出荷する牛乳の用途からいくと、全体の3分の1程度で、約2円くらい上がったかなと思います。
乳価自体は戻された部分も含めると、乳価そのものが上がってきたことで、諸物価の値上がり等を全部吸収できることにはならないかもしれませんが、組合員にとってはモチベーションを上げるひとつの要因になっているのではないかと思っています。
牛の値段は少し回復の兆しが見えてきました。初産牛も一時は平均40万円を割るようなところまで落ちていましたが、昨年12月には60万円を超える水準まで回復してきました。しかし、今、乳牛の頭数が非常に減っています。
その理由のひとつには和牛の受精卵を付ける農家産が増えていることにあります。数年ぐらいまで和牛やF1牛は非常に高値で、特に初生では、ホルスタインよりも2倍から3倍で取引されていました。それによって、かなりな頭数がシフトしていってしまい、乳牛頭数減少に繋がってしまいました。
そのアンバランスは確かにあると考えてます。少なくとも今いる乳牛がどの程度長持ちするのかを考えなければなりません。需要と供給のバランスでいけば、少しずつ戻ってきていると感じます。初産牛が上がれば、それに追随して今後は育成牛も多少上がってくるでしょう。育成牛が上がれば、いわゆるヌレ子(生後間もない子牛)も上がってくるでしょう。そういった兆しが見えつつあると思います。ただし、若干の好転の兆しがあるものの、まだ厳しいと感じています。
また、一旦上がった生産資材が、ある程度の時間が経れば、また景気動向によって下がっていくのかというと1回上がったものはなかなか下がりません。これに関しては危惧する部分があります。
ある程度良い兆しが出てくると、生産者それぞれのモチベーションも上がってくると思います。問題はたくさんあるけれども、生産環境としては、あるいはその経済環境としてはやっぱり少しずつ良い方向にいけるんじゃないかと、光が差してきたなと思います。
令和6年度はどのようになっていくと予測されますか
酪農業界の予測は難しいですが、生産量については一気に400万tに向けた目標に到達することは、かなり難しいのではないかと思います。ただ、本年度はまだ1ヶ月ほどあります。新年度である4月が始まるまでの期間でどのぐらいの助走ができるかで変わってくると思います。
全く不可能な数字ではないと思っていますが、組合員のモチベーションも含めて、生産量そのものがどう回復していくのか、基本的にはプラスの方向に行くのではないかなと思っています。しかし、この2年間で大きな打撃を受けた方々は多いので、それを補いながら目標に到達するのは、6年度についてはハードルが高いのかなと思っています。
技術革新や生産性向上に農協の取り組み
技術革新や生産性向上に対する農協としての取り組みは、平成27年度から取り組みをおこなってきました。当時、牛乳不足が問題となっており、畜産クラスターの事業が展開され、農協もその流れに乗り、施設整備、搾乳ロボットや自動給餌機の導入などを含むいくつかの事業が進められました。これにより、農協内で約70棟の牛舎が建設され、ロボット搾乳が増え、投資した農家の生産量が約5万トン拡大しました。
この取り組みは、労働力の省力化と同時に増産を図るものであり、ロボット推進や新規投資などが進められました。特に、ロボットを導入し、家族労働でも効率的な生産が可能となりました。これにより、生産コストの低減や同じ労働力での数倍の生産が実現され、外部化や新たな事業の立ち上げなどが行われました。
そういった流れの中で、当組合では生産抑制に入る前の年である令和3年度が、組合の合併以降では最も伸び率が高かったのではないかと思います。今後もその方向に進んでいくことが重要だと思っています。
ロボット牛舎を作るだけではなく、装備や機械、特に搾乳作業などを効率的に進めるための省力化に注力していく必要があります。これからも、酪農はいろんな形で働き方改革や労働時間の短縮、週休3日制の推進など外部で言われている潮流に追随せざるを得ませんが、そこまではできないにしろ、毎日の生活が生産を上げながらもゆとりを持って過ごせるようなシステムを構築することが重要だと考えています。
そういった社会情勢の中で、新しい人材の確保はなかなか実現が難しいでしょう。そういった課題も含めて、それぞれの組合が、家庭生活との調和を図りつつ、省力化や居住環境の向上を進めることが求められます。省力化や新しい設備の整備については、特に北海道のような冷涼な地域では、冬の寒さや凍結への対策も重要です。最近のロボット技術も、冬でも凍結しないような断熱対策が進んでいます。これらの取り組みを進めつつ、より快適で効率的な酪農環境を整えていくことが必要です。
さらに、もう少し換気や送風などといった要素にも注力して、夏場の高温環境での酪農環境をどのように改善していくか、そういった取り組みも必要です。ただ単に暑さで餌が摂れなくなり、乳量が減るだけではなく、暑い期間が続くと健康を損ね、極端な場合は死亡することもあります。夏場の高温による損失は非常に大きいので、これを改善するためには、ある程度の計画を立てて、組合を通じて整備を進める必要があります。今は農協も資金的な対策を検討しています。
酪農業界の発展や課題解決に期待すること
国内で1,200万tの需要がある牛乳の国内生産量は、740万t程です。
本来であれば、抑制している場合ではありません。もちろん、輸入されている分を全部賄えるだけの生産量があるのかという問題もあります。また、牛乳を製品化する工場などが、従来なら足りない分だけ国外から買えばいいという話も、単純なようで実際には複雑です。そのため、どうしても需要側の状況を睨みながら、我々は常に生産していかなければならないという課題があります。この点において、在庫が非常に増えた際にどう対処するか、その製品を作った乳業などが本来は対応するべきだと考えています。
ただ、酪農乳業業界というものは、持ちつ持たれつの部分もあり、仮にメーカーが「在庫が多いから来年は今年の3分の2しか買えません」となることは避けなければなりません。
そういったことも踏まえながら、我々はある程度、製品在庫の量やその調整にも関与しながら生産しています。本来は我々が強く関与する話ではないと思います。しかし実際は我々も少しだけ関与しながらお手伝いをします。在庫が残ってしまうことに対して、表向きは生産する側に責任はないとしながら、供給を調整していきます。その代わりというわけではありませんが、今回のような場合に、メーカーからも需給対策に拠出していただくという面もあるわけです。
先ほども話に出た需給調整で、国産の価格は高いとしても、海外からの輸入分との差額を補填金の中に入れるなどのスキームを今後作っていく必要があると考えています。
特に脱脂粉乳については、輸入だけではなく、国産品の輸出にもっと力を入れていくべきだと思います。
予測ではあと75年後の2100年には、日本の全国人口が約6,000万人になると言われています。それを何とか8,000万人で抑えようという取り組みをしていく方針で国は動いています。しかし、8,000万人全員に売れるわけではありませんし、人口の減少が進むことで消費も同様に減少します。それを考えるだけでも、国が主導してメーカーには輸出量を増やすスキームを今後作っていただきたいですし、極端な話、国で買って発展途上国に支援物資として送るのも一つではないかと思います。業界が発展していくためにも重要なことだと思います。
この酪農業界の中で、多かれ少なかれ人口の減少の影響がありますので、やはり世界の波の中での政策というものを、今後も国はしっかり進めていかなければなりませんし、私たちも要請しています。
(取材/2023年12月23日)