人口減少と一次産業の不調。生き残るための取り組みとは

人口減少と一次産業の不調。生き残るための取り組みとは

町長に聞く ─ 人口減少と様々な取り組み

新たなビジネススタイルを積極的に取り入れ活性化を目指す

インタビュー:山口 将悟(やまぐち しょうご)
標津町長


急激な人口減少により各産業や経済に大きな打撃を受けている標津町。人の流出や一次産業の不調など、この状況を乗り越ようと、自治体がおこなう様々な取り組みや、民間の動きについて聞いた。


一次産業の再建と新たなビジネス

先日、鮭の飯寿司の大試食会が4年ぶりに開催され、多くの方々に参加いただきました。標津町は基幹産業が厳しい状況にあり、鮭漁やホタテの水揚げが前年比で減少しています。酪農業はコストの上昇や生産抑制の必要性から、厳しい状況が続いています。町単独での支援は難しいですが、国や道の支援を受けつつ、一次産業を再建する必要があると考えています。

一方で、ICTやAIなどの技術が急速に進展しており、新しいビジネスの可能性が広がっています。標津町でも農作業の見える化システムや新しい製品の開発がおこなわれています。例えば、カジカを利用しただしや、自走式ロボットを使用した林業作業などが挙げられます。また、栗の試験栽培や栗を拾うロボットの開発も行われ、新しい産業の可能性が模索されています。

地域の一次産業にイノベーションを起こすためには、コワーキングスペースのような場も重要であり、川北に設立されたコワーキングスペースは、地域の交流や新しいビジネスの創出に寄与しています。地域のイノベーションを促進するためには、様々な技術やアイデアを試し、新しい価値観を生み出すことが不可欠です。かつて北海道は試される大地北海道というキャッチフレーズがありましたけれども、うちはそういう意味では試せる大地・標津町として、技術や事業の実証実験の場としての価値があると考えています。地域内外から集まる様々な方々とのネットワークが、新たなビジネスや価値の創出に貢献していることも事実です。

そういった理由から、一次産業と結びついた新しいビジネスや価値が生まれることが望ましいと考えています。一次産業が存在するからこそ、そこには様々な課題の解決のために新しいビジネスやアイデアが生まれるからです。これを進めていくことが大切だと考えています。

また、以前から取り組んでいる和紙の製造においても、奈良県吉野町で生産される宇陀紙のネリとして使用されるノリウツギの栽培に取り組んでいます。宇陀紙は国宝級の文化財の保存に利用され、文化庁もその保存を重要視しています。これにより、新しい産業が生まれ、地域に新たな活気をもたらすことが期待されています。

現在、吉野町だけでなく、全国の和紙生産者からも引き合いがあり、北海道産のノリウツギが好評です。他の地域での生産がなくなったり、適切な栽培場所がなくなったりしているため、標津町が提供することで新たな可能性が広がっています。自生している部分を活用しながら、民間の種苗会社と協力して広く栽培できるような形を進めています。これにより、地域産業として、また文化財の保存に寄与する町として発展を遂げることが期待されます。

標津町では栗の試験栽培が進められていますが、寒冷地にもかかわらず現在の気温が生育に適しているとのことです。また、栽培された栗が他の種と交雑しないことが特徴として挙げられています。これにより、品種が保たれる利点があります。

栗の栽培に成功するかどうかは未確定ですが、成功すれば地元の飲食店での活用や、ケーキなどの製品に利用されることが期待されています。栗の栽培に対する期待と楽しみが感じられるプロジェクトと言えそうです。

防 災 ─ アプリ開発とタイムライン

防災についても非常に重要な問題だと考えています。現在、防災行政無線戸別受信機や野外スピーカーを利用して各家庭に情報を発信していますが、これだけでは情報が全ての方に届きにくいという課題があります。

そのために、携帯端末やウェブ上に防災行政無線と同じ内容を文字と音声で流すアプリケーションシステムの開発を行い、来年度中にはその運用を開始したいと考えています。

現在、このアプリの開発はNTTの関連会社と共同で進めており、日本全体での防災取り組みにも貢献しています。また、昨年は標津川の防災タイムラインが作成されました。これは標津川の洪水を想定して、いざという時に誰がどういった行動をするかを予測するものです。

現段階ではまだ精度が高いものではありませんが、今後はコミュニティータイムラインにも取り組み、災害時には皆がそのタイムラインに従って素早く行動し、被害を最小限にとどめるための取り組みを強化していきたいと考えています。

医 療 ─ ワクチン助成、医師の確保

健康についても非常に重要だと考えており、帯状疱疹ワクチンの助成に力を入れています。北海道の中でもさきがけてこの取り組みを行い、帯状疱疹の患者が増加している中、50歳以上の方に対してワクチン接種の助成を実施しています。ただし、このワクチンはかなり高額で、1回あたり2万2千円かかる上、2回接種する必要があります。そのため、負担の半分を助成しています。かつては生ワクチンのみが使用され、その場合は8,000円ほどでしたが、不活化ワクチンが開発されました。

そのワクチンは長期間にわたって効果があり、また免疫もしっかりと得られるため、現在は不活化ワクチンを利用しています。

これまでは50歳以上の方が対象でしたが、18歳以上で特定の疾患のある方にもワクチン接種の助成を拡大しました。帯状疱疹は80歳までに3人に1人がかかると言われており、その影響を軽減するためにも、引き続きワクチン助成を続けていく予定です。地域の健康増進と健康寿命を伸ばす、様々な取り組みを進めていきます。

病院に関しては、久留米大学との連携により、内科4人と外科1人の医師が派遣されており、全面的な支援と協力を受けています。久留米大学では、標津病院を教育関連施設と位置づけ、若手医師が地域医療を学ぶ場として活用いただいております。このような形で病院の運営が進められており、医師の確保の面でも充分なサポートが行われていると感じています。

産婦人科が存在しないなど課題はありますが、病院全体の広域的な医療提供に関して、中標津町や釧路市の中核病院に頼る必要があるります。これらの課題に対しても、地域全体で協力し合いながら、医療体制の向上に取り組むことが必要であると考えています。

ふるさと納税

ふるさと納税については、伸ばしたいとの意向がありますが、なかなか進展していません。品物の提供や先進的なアイデアを地元のキーパーソンと連携しながら行っているものの、まだ十分な成果が上がっていないのが現状です。

地元の事業者は自身の取引先があるため、全てをふるさと納税の返礼品にシフトさせるのは難しいです。また、厳格な経費や展開に伴う課題もあり、着実に成果を上げるためには、少しずつ、かつ着実に取り組んでいくしかありません。地道な取り組みと、地元の協力を得つつ、ふるさと納税の拡大を進めていくことが求められています。

人口減少① ─ 子育て支援

10年前から人口減少時代に挑戦する政策パッケージという取り組みを通じて、子育て支援、移住定住対策、住宅取得資金助成など、様々な施策を展開しています。昨年末に発表された人口推計では、標津の人口減少が前回の推計よりも改善されたことが報告され、これは10年間の成果と受け止めています。11年目に入り、これを踏まえて今後も人口減少への施策を検討し、実施していく予定です。

その一環として、学校給食の無料化など、安心して子育てができる環境づくりに力を入れています。物価上昇もあり、給食費の助成を通じて子育て家庭の負担を軽減することで、より安心して子育てができる環境を整備したいと考えています。全国的な検証と分析を行った資料に基づき、対策を進めていく方針です。

減少傾向が続いていた中で、今回の推計で前回よりも減少が抑えられたことは、これまでの対策の成果があると見ています。特に0歳から14歳の世代の減少が抑えられました。継続的な取り組みと見直しを通じて、一層地域全体での人口減少に挑戦していく考えです。

学校給食の無料化や防災行政無線の導入など、これらの政策は移住・定住にとっても重要だと考えています。そのため、これらの政策も包括的な取り組みとして、移住定住を促進するための政策パッケージに組み込んで進めていく予定です。

ただし、資金の捻出が難しいという課題もあります。給食無料化には約2,000万円の予算が必要ですが、事業の見直しや新たな取り組みを通じて、この資金を捻出していく予定です。役場全体の事業見直しや再構築を進めつつ、予算を確保していく考えです。子育て環境を整え、住んで良かったと感じられる町づくりを進めることが目標です。

人口減少② ─ スタートアップ

企業のスタートアップも重要なポイントです。新しい事業を始める際に、我々の課題と新しいビジネスがマッチングするよう支援することが大切です。これがないと、新規参入者が難しくなると考えています。今年度中には、「試せる大地・標津町」を具現化し、新しいビジネスを展開する人々が標津町をフィールドとして利用できるようにしたいと思っています。

スタートアップ支援のためには、既存の団体と連携することが非常に重要です。デンマークでは食に関する研究者が集まり、学校や病院、ホテルなどが発展したという成功例もあります。これを参考にし、いろいろな研究者が集まることで様々な成果が生まれると期待しています。

地域としては、1次産業に関連する新しいビジネス、研究などの受け入れを進めています。交通の便も向上し、札幌とのアクセスも良くなりました。これがビジネスを行う上での利便性向上に繋がるでしょう。ただし、単なる誘致だけでなく、この道東地域はまだまだ1次産業と結びついて新しい施策を考える必要があると思っています。

観 光 ─ 北方領土と鮭の聖地

観光についても、地域全体の魅力を引き出し、観光資源を活かすことで、地域経済にも良い影響を与えることが期待されます。

早くから体験観光に力を入れ、教育旅行の誘致も積極的に行ってまいりました。そのおかげで、コロナ前とほぼ同様の状態にまで戻ることができました。北方領土を実際に目で見る運動として、内閣府から北方領土学習のための補助金が支給されています。この補助金を活用し、多くの学生や児童生徒が来場するようになりました。これからもこの取り組みに力を注ぎたいと考えています。

また、当地域の自慢である「鮭の聖地の物語」が日本遺産に認定されました。この日本遺産を活用して観光振興を進め、その魅力を広く発信するためのツアーや連携プロジェクトを計画しています。歴史的建造物など、様々な日本遺産が存在しますが、「鮭の聖地の物語」には、食文化としてのサケの重要性も絡んでおり、これを観光の一環として楽しんでいただけるようなプランを展開しています。鮭の飯寿司もその一環であり、鮭の聖地は漁獲だけでなく、鮭と共に歩んできた1万年の歴史に裏打ちされてたものです。

この1万年にわたる歴史は、地形や水なども複雑に絡み合い、鮭と人々が共に生きてきた歴史です。この地域の魅力を引き出す要素のひとつと考えます。こうした背景を通じて、観光の一環として魅力を感じていただけることを期待しています。

交通インフラ ─ 北方領土と鮭の聖地

交通の問題も大きな課題です。高齢者の方々の足を確保することが必要ですが、現行のタクシーが18時以降や日曜日に利用できない現状があります。これに対して、ライドシェアの運行してはどうかという提案がありますが、制度的な整備が進んでいないため、課題が残っています。町有バスのデマンド交通や国側で70歳以上の免許の返納を推進している中、車のない方々にはタクシーチケットの交付にも取り組んでいます。まだ完全なドアツードアのサービスが提供されていないためこれも課題となっています。
現在は交通関係者や関連団体が協議会を組織し、制度の見直しや今後の方針について話し合っています。有償ボランティアの活用なども検討しており、今後の方針や課題解決に向けた取り組みが進められています。

他の路線のバスなども含め、交通の課題に対しては予約制などの制度面や、範囲の広さに対する課題も検討しながら、効果的な取り組みを進めていきたいと考えています。交通の見直しや改善は必須であり、地域全体で協力し合い、これらの問題に対処していくことが大切と考えています。

(取材/2024年1月18日)