地域社会との協力、リスク管理と多角化、環境保護と持続可能性、関連機関との連携を強め希望ある仕事に
インタビュー:飯島 浩 (いいじま ひろし)
中標津町農業協同組合 代表理事組合長
新型コロナウイルスが2類から5類に移行した後も、物価高騰と生産抑制の影響が未だ続き、地域の酪農経営は厳しい状態が続いている。そのような中、酪農業がこれから目指すべき方向性や、実現のための農協の取り組みを聞いた。
クラスター事業では具体的にどのような取り組みが行われましたか
新しいステージへの進展として、私は組合長としての就任を受け、これまでの経験を有効に活用し、未来への展望に向けて取り組んでまいります。
当JAでは、組合員をはじめ利用組合、コントラクター組織、TMRセンター等において農作業機械の導入や牛舎、バンガーサイロ、搾乳施設の建設など、作業の効率化、労働時間の短縮、生産性の向上を目指し畜産クラスター事業を活用してきました。
私の後継者も経営主として令和元年には、ロボットクラスター事業への投資を行いました。平成22年に、中標津町における3つ目のTMRセンターの設立に着手し、地元の酪農家と協力して質の高い飼料づくりを開始。その後は、育成牛の預託事業にも取り組み、構成員の方々は搾乳に特化した分業を導入し、外部委託による効率化を実現しました。
我々は規模拡大の方針を採用し、家族単位では限界があるため、地域の協力を得て1、000トン以上の搾乳や餌の収穫、育成管理、種付けなどを分業で進めることとなりました。こうした協力の中で、我々はクラスター事業の重要性を認識し、これまで積極的に推進してまいりました。そして、今後も増産を目指す上でクラスター事業の有益性は高いと考えています。既に多くの農家や組合団体がその効果を実感しており、私たちも引き続き地域の協力を得ながら、様々な事業を通じて効果的な取り組みを進めていく予定です。
現在の生産抑制について、その理由と背景をどうお考えですか
新型コロナウイルスの世界的な流行は、現在の生産抑制の最も顕著な要因となっています。このパンデミックが世界経済に大きな影響をもたらし、消費のパターンにも変化をもたらしました。特に学校給食の中止などにより、牛乳の消費量が大幅に減少しました。同時に、海外からの観光客の減少によってインバウンド需要も急速に減少しました。こうした牛乳の需要が低下し、その結果として生産の抑制が必要とされました。
生産抑制の背後には、バターの生産に関連する脱脂粉乳の過剰在庫も影響しています。バターの製造過程で発生する脱脂粉乳の在庫が増加し、これを解消するために生産調整が行われました。現在では価格交渉の手法も変化しており、生産者とメーカーの間での価格交渉が注目されています。しかし、生産量を制限することが検討され、その結果、生産抑制が進行しています。
消費の動向や需給バランスの変化も影響を与えています。消費者の価格上昇への理解度や、インバウンド需要の回復度などが不確定要素として存在し、将来の生産量に影響を及ぼす要因となっています。現在、生産抑制は継続中であり、この状況はメーカーや生産者にとって深刻な問題となっています。これらの複数の要因が絡み合い、状況が変化し続けている中で、生産抑制は酪農経営に大きな影響を及ぼしています。
酪農経営において、現在どのような課題や問題点があると考えられていますか、また酪農経営を支えるための働き手不足の原因は何だと考えられますか
国内で新型コロナウイルスの流行が酪農経営に大きな影響を与えています。このパンデミックの影響により、経済活動が制限され、社会全体の不安定感が増大しました。さらに、この影響は農業分野にも波及し、働き手の不足がますます深刻化しています。同時に、国際的な出来事や経済動向も酪農業に影響を及ぼしています。例えば、ロシアのウクライナ侵攻や円安などにより、餌や資材の価格が上昇し、酪農経営のコストが増加しています。特に、飼料の価格上昇は、牛の飼育に大きな負担をかける要因となっています。同様に、電力料金の高騰も酪農経営に影響を与えています。農業には電気が不可欠であり、搾乳や冷却などに多くの電力が必要です。そのため、電気料金の上昇は経営にとって重大な負担となっています。さらに、副産物である雄子牛をはじめとする乳用牛価格の下落、低迷が適切な収入を確保することを難しくし、若い世代の酪農参入意欲を低下させています。
都市部への人口流出や多様な職業選択肢がある都市での生活が、農村地域での労働力不足を引き起こしています。この現象は、若い世代にとって魅力的な職業とは見なされていない酪農業の労働特性と相まって、ますます深刻さを増しています。さらに、酪農業は生き物と向き合い、多岐にわたる作業をこなす必要があります。牛の世話や餌の管理、搾乳作業など、幅広いスキルが求められますが、この多様な経験が若者にとって魅力的でないと感じさせています。加えて、酪農業は厳しい労働環境や収入の不安定さなどが課題となっており、これらの要因が若者の就業意欲を引き寄せることを難しくしています。
農業経営には投資や資金が必要ですが、投資にはリスクが付きものです。こうした事情から、借金を背負うことをためらう意識も高まり、農業経営の継承や新規就農を難しくしています。経済的なリスクを最小限に抑えつつ、農業への参入や継続的な経営を支援することが、今後の酪農業の健全な発展に向けて重要な要素となっています。
外国人労働者を受け入れる取り組みも行われています。外国人労働者は、一定の技術や経験を持つ人材が多く、一定期間の実習を経て農業に従事することが求められています。しかしながら、外国人労働者の中にも給与や労働条件に不満を持つ人がおり、安定した人材確保が難しい状況と言えます。同時に、労働賃金の上昇や働き方改革の影響も酪農業に影響を及ぼしています。労働賃金の上昇は農業経営のコストを増加させ、収益を圧迫する要因ともなっています。酪農業が進むべき方向性については、異なる意見が存在します。一部の関係者は、新たな人材を呼び込むためにSNSやインターンシップなどを活用し、若い世代の興味を引きつける努力が必要だと考えています。一方で、外国人労働者の受け入れを拡大することで労働力を確保し、農業の生産性を向上させる方向性も提案されています。
農業経営には高度な技術や専門知識が必要ですが、習得するには時間と労力がかかります。特に、最新の知識を持つ人材の確保は難しく、生産効率向上や経営安定に影響を与えています。こうした状況を踏まえて、政府や業界団体は支援策の充実や餌や資材価格の安定化、適正な牛乳価格の設定、若い世代の酪農参入を奨励する施策などを検討すべきです。これによって、持続可能な酪農経営の確立に向けた道が拓かれることでしょう。
─ 酪農業がこれから目指すべき方向性について、関係者の意見は一致していますか
関係者の意見は均一ではありません。こうした関係者は広範で、酪農家組合員から始まり、農協の役員や職員、政府、専門家などが含まれます。多様な背景や立場から、異なる意見やアプローチが出されています。
一部の酪農家は、所得の確保を最優先としており、経済的な安定を求める姿勢が見られます。彼らは、現状維持を重視し、放牧や経費の節約によって収益を増やそうとしています。一方で、投資を行い農業の規模を拡大し、多くの人手を動員して効率的な生産を行うアプローチを取る酪農家も存在します。こうした酪農家は組合を形成し、協力して情報や資源を共有することで競争力を高めようとしています。このような取り組みを通じて、酪農業の持続可能性を確保しようとしています。
こうした多様な意見が存在する中で、一致している点もあります。例えば、酪農経営の所得向上や経済的な安定を目指すこと、後継者問題の解決、若い世代への魅力的な職業提供などが関係者全体の共通の関心事です。しかしながら、具体的な取り組みや方針に関しては、人々の状況や価値観によって異なるため、一致を見ることは難しいでしょう。組合員や関係者の幅広い意見を尊重し、その上で持続可能な酪農業の未来を模索することが重要です。
酪農業界の方向性を確定するためには、関係者間での対話と協力が欠かせません。農協や関連団体が、酪農家の考えを真摯に受け止め、共に持続可能な未来を実現するための方法を共有し、取り組んでいくことが重要です。
将来に希望を持てるようにするためにどのような取り組みをされていますか
まず、酪農家の後継者問題に取り組むために、地域の魅力を活かし、住みやすさを提供することが挙げられます。中標津のような、交通の便がよく、豊かな自然環境がある地域は、若い世代の呼び込みに有利な条件です。これに加えて、農協や関連機関が後継者を支援するプログラムや研修を提供することで、若い人々が酪農業に取り組みやすい環境を整えています。
農業経営の効率化や技術革新にも力を入れています。酪農業の現代化に向けて、情報交換やネットワーキングを活用した取り組みが行われています。特に同じ年代の酪農家同士が情報を共有し、技術やノウハウの向上を図ることで、競争力を高めています。これにより、技術面での進歩が酪農業の将来に希望をもたらす一因となっています。
また、酪農業をサポートする新たなビジネスモデルも考えられています。コントラクター組織や育成の預託、ヘルパー制度の整備により、農業に従事する人々がより効率的に作業を行えるような環境を整えています。これによって、酪農家は労働力を確保しやすくなり、経営を安定させる一助となっています。
さらに、収益の向上を支援する施策も重要です。農畜産物の付加価値向上や新たな市場の開拓、農畜産物の加工品の開発などを通じて、農業収入の多様化を図る取り組みが進められています。これにより、農家の経済的な安定を支えると同時に、酪農業への魅力を高めています。
地域の特性を活かしたアプローチや技術の導入、新たなビジネスモデルの構築など、様々な取り組みが酪農業の将来に希望をもたらしています。関係者の協力や地域社会の支援を受けながら、持続可能な酪農業を築いていくことが重要です。
酪農の規模拡大と法人化の課題と成功の鍵は何だと考えられますか
酪農業を家庭的な価値観で経営したいと考える人もいるでしょう。彼らは、一般的な起業家とは異なるアプローチで事業を進め、家族単位での協力と経営の持続を重視しています。起業家としてのイメージだけでなく、家族の結びつきや地域社会との連携が、彼らの経営スタイルの特徴です。
酪農の経営形態は多岐にわたり、放牧からロボット技術の導入まで幅広い選択肢が存在します。経営者は、自身の経営方針や家族の価値観に合わせて最適な形態を選択し、経営を拡大・発展させることが求められます。自家経営の魅力や強みを最大限に引き出し、個々の家庭の特性に合わせた形態を築くことが重要です。
また、酪農家は自身の家の経営を確実に行う一方で、地域社会や農業協同組合との連携も大切にしなければなりません。農協は農業経営のサポートや情報提供、政策への影響力など多様な役割を果たしており、酪農家が成功するための重要な支援機関です。農協との連携を通じて、地域の特性やニーズに合った経営戦略を練り上げ、持続可能な農業経営を実現することが期待されます。
酪農業界では離農の問題も見受けられます。特に後継者の不足や経済的な厳しさが影響して、酪農家が離れていくケースが増えているようです。こうした現実に対処するためには、経営の効率化や持続可能な収益性を追求する一方で、地域との結びつきやモチベーションを高める取り組みが不可欠です。地域全体での協力や安定した支援体制の構築が、離農の抑制と持続可能な酪農経営の実現に向けて重要です。
酪農経営を企業化していく上での成功の鍵は、専門知識の獲得と継続的な学習、地域社会との協力、リスク管理と多角化、環境保護と持続可能性、そして農協や関連機関との連携を大切にすることです。これらの要素をバランスよく取り入れ、柔軟な対応力を持つ経営者が成功に導くことができると考えています。
(取材 2023年8月8日)