離農を決断する農家もある中、3億5千万の経済支援を行いながら、
農家のモチベーションを下げないために奔走
インタビュー:浦山 宏一(うらやま こういち)
道東あさひ農業協同組合 代表理事組合長
前回取材させていただいた後、状況の変化ありましたか。
生産環境としては価格の高騰、あるいは更なる生産抑制もあり、環境は改善されていません(前回取材2022年7月 WeVol46)。乳価の引き上げに関しては、49銭という僕らが要請をしていた額に比べると、かなりかけ離れた金額だったことについては非常に残念に思います。
その後、加工乳に関しての価格が10円値上げで決定されたことについては、評価に値する値上げ金額になったと思いますし、それはやはり乳業メーカーの方々が酪農現場の窮状を十二分に理解した上で、乳業各社がいろいろな課題を抱えながらも判断をしていただけたということでしょうし、粘り強く交渉に当たっていただいたホクレンの方々はもちろん、職員の方々にも大変御尽力をいただいたなと素直に思っています。
これで今後、特に来年度以降については、少し光が見えてきたかなと思っています。
しかしながら、合わせて10円49銭値上げされたことで、今現場が置かれている状況を全て解決できるのかというとそれはまた別の問題であって、今後も厳しさが続くということに変わりはありません。
多少為替が少し円高に振れてきたこと、あるいは海上運賃等がある程度落ちついてきたといっても、高値での落ちつきです。これはもちろん配合飼料等についても高止まりの兆しが見えてきたということですので、決して楽観できる状態ではないと考えています。
ただ、モチベーションに繋がる気持ちの面では、酪農家の後押しができるような結果だったなと思います。
約2億円の経済支援のお話がありました。
経済支援については予定通りに進んでいます。
組合員に対する補填の進め方を具体的にまとめ、先日理事会で最終的に決定しました。2023年3月の年度末に各組合員の実績が出ますので、それを以て4月にはそれぞれ組合員に支援していくことにしています。
また、今回更なる抑制に対してホクレンから対策金が出ていますので、それも私どもの取り組みに応じて、合わせて支援していきます。当組合独自の支援総額が2億2、000万と合わせて当組合単独で約3億5、000万の対策を行う予定で、淘汰や抑制乳量に対する補填、一部配合飼料や燃料(軽油)に対する補填として進めています。
年度末の実績が出ないと最終的な総額は出ませんが、抑制乳量に対して1キロ20円、配合飼料1トン450円、軽油1リッター3円。残る予算は販売に対して助成することで進めています。
また別海町からも、3ヶ月分の水道料金全額を免除いただくという形で支援をいただいています。
コロナ禍でなかなか行うことができなかった役員による
戸別訪問はできたのでしょうか。
8月から10月にかけて、監事も含めた役員と幹部職で約2ヶ月間に渡り、支所毎で個別訪問を行いました。
今の状況はいつまで続くのか、乳価の期中改訂に向けた交渉の状況はどうなっているのか、また、生産資材の高騰に対して国にもっと補填など強く働きかけて欲しいなど、さまざまな意見・要望がありました。離農が加速してしまうのではないかという心配の声もありました。
やはり物価高、生産抑制に対する声が多かったです。
この逆風の中で離農の決断をされた組合員様もいらっしゃるのでしょうか。
当JAでは、通常の年でも全体の約2%、10件前後は離農や休農される組合員の方がおります。理由は様々ですが、多いのは年齢的に辛い、後継者がいない、体調不良になってしまったり怪我をされたなどです。今年は現時点でプラス5件ぐらいと、やはり例年より多く、今回の資材高騰や生産抑制が後押しとなって離農された組合員が半数近いです。昨年の4月以降からすでに離農された方もおりますし、現段階で3月までにある程度決まっている方もおります。
やはり今回の状況が一つの大きな決断の材料になったと言えますが、決してこの状況で全く収支が合わなくなったということではなく、多いのは後継者がおらず、何年後かには離農しようと考えていた方が多いです。中には、このような状況の中でこれ以上マイナス決算が続くのであれば今の段階でやめてしまおうかと考える方も若い経営者の中にはおります。
まだ若いうちであれば、人手不足でもありますので、次の働き口も見つかりやすいでしょうし、我々の関連会社で働くという方もおります。
これまでであれば、復帰するまでヘルパーを利用して間をつなぐ方が多かったのですが、怪我をしてしまい入院が長引くとなれば、これを機にという方も中にはおります。決して経済的な問題ではない方も多いです。
経済状況が厳しくなったのが理由であればある程度の資金面での対応などを行い、1〜2年返済の猶予期間を設けるなどの対策も打てるのですが、怪我や体調などの理由で短期間で決断される方達には、なかなか慰留も難しいのが現状です。
戸数が減るということは、我々としても一番残念ですし寂しい部分ではあります。ただ、そういう決断をした人たち、あるいはその決断をしたときの経営状態が非常に悪い状態ではないとしても、次の人生をある程度余裕を持った形の中でスタートできる経済状況の中での離農であるならば、残念なことではありますが、容認をしながらエールを送るような気持ちでおります。
離農されたことによって空いた農地や施設に関しては、例えばある程度余力のある農家さんの第2牧場として利用していただくですとか、再利用しながらやっていただきたいということは思っていますし、新規就農も今年は2件ほどある予定です。ただ、施設が老朽化していたり、休農はするけど在宅はするとなれば、新規就農や第2牧場としての利用はなかなか難しい部分があるのも正直なところです。我々のJAはエリアが広いので地域差はどうしても出てしまいますが、それでも農地については再利用できそうなところもありますし、新規就農候補地として見ていただいているところもあります。
この状況がいつまで続くだろうと思われますか。
非常に難しいのですが、生乳の需給の緩和と、生産資材の高騰が同じスピードで変わっていくかというとそうではないと考えています。ある程度高上がりしてしまった生産資材が元の値段に戻るということは考えにくく、また逆にこのまま行くかというと、それも考えにくいです。かつての値段は難しいとしても、今の価格よりは何割か下がったぐらいの高いレベルでの価格が続くのではないかと考えています。
一方、牛乳の生産の需給の緩和の部分ですが、いわゆる加工乳にもバターやチーズ、脱脂粉乳などいろいろありますが、どれも過剰になっており、生産が緩和しているというわけではありません。特に今脱脂粉乳が一番の過剰在庫の状態です。
バターを作ると脱脂粉乳が、チーズを作るとホエーができるというようにある意味セットともいえるものですが、一般向けのバターに関しては、これ以上抑制が続けば来年の需要期夏以降に逆に逼迫するおそれもあるのではないかという状況です。
脱脂粉乳については、ある程度我々自らも拠出をしながら、国やメーカーの対策もあり少し在庫量が減ってきています。あくまで予想で根拠はありませんが、令和5年の中間から6年の3月には今とは大分違う状況になっているかもしれないと思います。だからといってまた抑制なしにどんどん搾っていいという状況になる訳ではありませんが、そうなってほしいという思いもありますし、そうでないと酪農現場は毀損してしまいます。
僕は基本的に大切なのはやはりモチベーションだと考えています。精神論を語るつもりはありませんが、酪農家ひとりひとりがどういう思いを持って生産をするかということが一番だと思います。経済関係も、需給関係も、もちろん大事なのですが、それと合わせて、生産者がある程度モチベーションを持って明るい未来をイメージして、そこに向かっていくことができなければ、なかなか厳しいと思います。
いずれにしても、この1年がいろいろな意味で勝負の年じゃないかと思います。
(取材/2022年12月28日)