1.インボイスの罠
税理士法人ノース税務会計
代表取締役・税理士 小林 雄志(こばやし ゆうし)
インボイス制度とは
国税庁HPでの説明をそのまま引用すると、下記のとおりです。
インボイス制度は令和5年10月1日から導入されます。分かりにくい概念なのでしっかり押さえましょう。
適格請求書(インボイス)とは
売手が買手に対して、 正確な適用税率や消費税額等を伝えるものです。
具体的には、現行の 「区分記載請求書」に「登録番号」、 「適用税率」 及び 「消費税額等」の記載 が追加された書類やデータをいいます。
インボイス制度とは
・売手側
売手である登録事業者は、買手である取引相手 (課税事業者) から求められたときは、インボイスを交付しなければなりません(交付したインボイスの写しを保存しておく必要があります)。
・買手側
買手は仕入税額控除の適用を受けるために、原則として、取引相手(売手)である登録事業者から交付を受けたインボイス※の保存等が必要となります。
※買手は、自らが作成した仕入明細書等のうち、一定の事項(インボイスに記載が必要な事項)が記載され取引相手の確認を受けたものを保存することで、仕入税額控除の適用を受けることもできます。
さて、制度としては以上の通りなのですが、これで腑に落ちる人は国税庁に勤めたほうがいいです。これだけじゃ意味が分かりません。
ポイント解説
結局インボイスってなんなの?
要するに、領収書や請求書です。通常の領収書・請求書に「登録番号」と「適用税率」、「消費税額等」が加わったものです。
※登録番号:消費税の課税事業者に対して、国税局が発行する番号のこと。
※適用税率:10%か8% かということ。売上項目ごとに、税率と消費税の金額をきちんと書いておかねばならない。
何のために必要なの?
教科書通りに言うと 「仕入税額控除を受けるため」です。
仕入税額控除とは、要するに国に納付する消費税額を計算する上で控除されることを言いますから、仕入税額控除を受けないと納付する消費税が増えます。
インボイスの保管がない支出については仕入税額控除を認めてもらえません。
例えば22万円の仕入をして、うち2万円が消費税だとします。この時インボイスをもらって保管しておけば、最終的に国に納付する消費税は2万円減ります。しかし、インボイスなしだと2万円は減りません。まるっと損をすることになります。
ということは…?
ここまでで、インボイスがないと損するんだ、と考えた方、間違ってはいませんが、まだ理解が足りていません!
端的に言うと、「インボイスを渡さないと消費税分をもらえない制度」。これがインボイス制度の本質です。
インボイスがない
↓
仕入税額控除がない
↓
消費税の納税額が増える
↓
消費税分は払わない
払う側の立場からすれば、結局消費税を2倍払う理屈になるのでもちろんこうなります。
インボイス制度実施当初の経過措置
インボイスを発行できない者への支払に関しても、当初3年間(令和8年9月末まで)はその消費税額の80%までは控除できるという経過措置があります。また、令和8年10月以降さらに3年間(令和11年9月末まで)は、同様にその消費税額の50%までは控除できることになっています。
このため、インボイスを発行できない事業者であっても、当初3年間は2%の売上値引きを行うことで、ほぼ支払側に損失を与えずにすみます。
インボイスを出せない業者がいる
じゃあインボイスを出せばいい
免税業者※は「登録番号」 がないのでインボイスを発行できません。従って、免税業者はいつまでたっても消費税分を取引先からもらえないということになります。
※免税業者 消費税の課税期間に係る基準期間において、課税売上高が1,000万円に満たない事業者のこと。
すると「今までは免税業者なのに消費税分もらってたの?」という疑問が生まれると思います。
その通りです。消費税が制度として誕生して以来、免税事業者も消費税分をもらっていたのが実情です。そうでなければ、経費にはしっかり消費税が含まれているので、消費税分だけ経費が増えて大変なのです。
それで、結局売上から消費税分をもらうのですが、これまではそっちの方が得をするので「益税」として問題視されていたのですね。
実は益税を排除して免税事業者を減らすのがインボイス制の真の目的です。
結局、消費税の課税事業者になってインボイスを発行し、売上から消費税をもらいつつ仕入税額控除も受けて、差額を納税するという普通のやり方を取ったほうがましなので、免税事業者も課税事業者を選択せざるを得なくなります。
<例>
売上800万円(消費税80万円)、課税仕入500万円 (消費税50万円)の場合
・現在の免税業者
売上880万円 ─ 仕入550万円=330万円の利益
・インボイス後の免税業者
売上800万円 ─ 仕入550万円=250万円の利益
※売上から消費税はもらえない。
・課税事業者
売上800万円 ─ 仕入500万円=300万円の利益
※消費税分は最終的に全部国に納まるので利益に影響しない。
インボイス制導入後は、免税業者より課税事業者のほうがまだ得なのが分かるかと思います。
インボイス制導入後でも免税業者が大丈夫なケース
免税業者が消費税分をもらえないのは、あくまで売上の相手先が消費税の課税事業者である場合です。 いわゆるBtoC、一般消費者相手の商売 (小売店や飲食店など)では、わざわざインボイスをよこせという消費者はほぼいません。そういった業態の人にとっては、益税の効果は今後も続くでしょう。
意外にみんな気づいてない!?インボイスの罠
さて、以上でインボイスのについて理解できたでしょうか。実は、専門家でもあまり気づいていない落とし穴が結構あります。
1、キャバクラやホストクラブなど、スタッフの報酬が外注費扱いになっている業種の場合
キャバクラ嬢、ホストなどは雇用ではなく、各自が個人事業主という扱いになっています。報酬を支払う側の立場から言うと 「外注費」ということになります。これらの報酬は消費税の課税取引です。
現行制度では仕入税額控除を受けられる → インボイス制導入後は、キャバクラ嬢・ホストからインボイスをもらわないと仕入税額控除できません。
キャバクラ嬢・ホスト達の中で消費税の課税事業者として消費税を申告している人はほとんどいません(まれに売れっ子の人が税務署から申告漏れを指摘されて、申告するようになることはあります)。
・インボイスを発行できない
・店の経営者としては消費税分だけ報酬を減らしたい
・いきなり報酬が10%減ると言われて、スタッフが辞めてしまわないかという不安
・お客さんに転嫁して、売上単価をアップするしかない
・お客さんが減らないことを願う
私が知る事例では、年間約5億円の売り上げがあるキャバクラで、キャバクラ嬢の報酬が3億円ほどでした。逆算すると消費税相当額は2,727万円ほどとなり、インボイスがもらえない場合、それだけ消費税納税額が増えてしまいます。
2、貸ビル業の場合
事務所や店舗用の建物を貸して家賃収入を得ている人で、規模が小さくて年間の家賃収入が1,000万円に届いていない人の場合、免税事業者なのでインボイスは出せないが、借り手は皆事業者ばかりなので、それが消費税の課税事業者だった場合は 「インボイスがないなら消費税分の家賃を出せない」という話になる可能性があります。
・家賃収入が10%近く減るかもという不安
まとめ
- インボイス制の本質は、「インボイスを発行しないと消費税をもらえない」という状況を作ること。
- BtoCの事業者であれば消費税はもらえる。
- キャバクラ嬢、ホストクラブのホストなどは報酬を減額されるのか、それとも利用客に転嫁されるのか。
- 金やプラチナは投資商品として不適格になるのではないか。
本質をよく理解して、消費税を2重に支払ったり、多く払ってしまわないよう注意が必要です。
すでに課税事業者である場合
- 適正な領収書・請求書の様式が必要。
- 次の決算時に、登録番号取得も行なっておく必要がある。
- 家賃に関して、家主が課税事業者ではなく、契約書に消費税の記載がない場合、家賃総額が変わらないのに仕入税額控除を受けられないので、事実上の値上げになる場合があるため注意が必要。
- 出入りの業者からインボイスがもらえない場合、消費税分を払わないようにする必要がある。
- インボイス制導入によって税負担が低くなることだけはないので、事実上の増税であることを認識する。
- インボイスには保管義務があるので、絶対に無くさないように注意する。
現在課税事業者でない場合
- BtoB の顧客であれば、 課税事業者になっておかないと損をすします。
- 課税事業者を選択する場合、 簡易か原則かの検討が必要です。
- BtoCの顧客の場合、はそのままで問題ありません。
- BとCの顧客が混在している場合、個別にメリット、デメリットの検討が必要です。
特に現在課税事業者でない会社に関して細かい検討が必要なので、 今後決算のたびに合わせて課税事業者選択の必要の有無について必ず検討しましょう。
税理士法人ノース税務会計
代表取締役・税理士 小林 雄志(こばやし ゆうし)
1975年生まれ。北海道大学法学部・北海大学院法学研究科卒業後、24歳から29歳まで5年間不動産業に携わった後、2004年税理士事務所開業。2019年より北海道新聞社資産運用フェアにてセミナー講師を務める。2022年中標津事務所開設。