飼い猫が新型コロナ発症 国内初論文で獣医学術奨励賞受賞

飼い猫が新型コロナ発症 国内初論文で獣医学術奨励賞受賞

日本で初めて症例を論文に。ペットの新型コロナウイルス感染を報告。

インタビュー:山田 恭嗣(やまだ きょうじ)
やまだ動物病院 院長


 中標津町のやまだ動物病院を経営する獣医師山田恭嗣氏が、新型コロナウイルスに感染した飼いネコを診察して症状の特徴をまとめた論文を発表。昨年11月に日本獣医師会の獣医学術奨励賞(小動物部門)を受けた。新型コロナウイルスに感染した動物の症例が報告されたのは国内では初めて。
 症例報告に至った経緯、地域の動物病院としてどのように取り組んでいるのか話を聞いた。


猫の新型コロナ発症、どのように対応をしましたか

 飼い主さんから「猫の様子がおかしいから診察してくれないか」と電話で相談いただいたのが最初です。飼い主さんは新型コロナウイルスに感染していたこともあり、外出できない状況でしたので電話にて相談を受けました。猫には風邪のような症状があり、調子が悪いとのことでしたが、緊急で診察するような状況ではありませんでした。おうちで少し様子を見ながらケアをしていきましょう、というお話をしました。

 2日後にまた電話がかかってきて、「猫の容態が急変し、ぐったりしているので、今すぐ病院に行きたい」と相談を受けました。当時、根室管内で新型コロナウイルス(デルタ株)の感染者が増え始めてきた頃です。飼い主さんも感染し発症していたので、私たちにも感染のリスクがあります。また、猫が新型コロナウイルスに感染した場合の治療法や、猫から人への感染はあるのかという情報はありませんでした。

 お話を聞けば、家族6人のうち5人が感染して発症、4人は入院中とのことでした。躊躇しましたが、獣医師として猫の具合が悪いというのであれば、放ってはおけません。しっかりセッティングするので、決められた時間に来院してほしいと伝えました。

 他の飼い主さんや動物に感染を広げないことを第一に考え、当院の診察が終わった後の夜9時に来院していただきました。病院の玄関から診察室までの動線は、窓を全開して十分な換気を行い、診察室内からは不要な荷物を全部出し、出せないものや天井、壁はビニールで養生しました。

 飼い主さんには車で待機してもらい、私たちは個人防護具を着用して、外まで猫を迎えに行きました。やれることは全部やろうと、血液検査・胸部のレントゲン検査、鼻水や口の中の粘液を取る検査などを実施しました。猫には風邪のような症状があり、鼻水、くしゃみ、目やに、激しい発咳がありました。発熱はありませんでした。

 抗炎症剤の投与など、対症療法を行い、飼い主さんの元へお返ししました。幸いにも翌日には少し症状が改善されました。症状が軽度でも、肺には長期間後遺症が残ると報告されていましたが、レントゲン診断上は重篤な肺炎はみられませんでした。

 採取した粘液は、国立感染症研究所に送り検査をしてもらいました。検査は誰でもしてもらえるわけではありません。国立感染症研究所の通常業務として検査を行っておりませんので、送ったとしても受け付けてはもらえません。

 今回は、国立感染症研究所との共同研究でしたので検査を行うことができました。国立感染症研究所の先生とは、過去にエキノコックス症の共同研究をした縁があり、これまでの人脈形成が今回役に立ちました。電話で「もしかしたら新型コロナに感染しているかもしれない。どうしたらいいか。」と相談をしたら、うちで検査を担当すると応じていただけました。

 2〜3日後に「今まで見たこともないような大量のウイルスを排出していますね。間違いなく新型コロナウイルスに感染しています」という報告を受けました。

 猫は、とても感染しやすい動物ですが、ほとんどは無症状です。症状が出たとしても、人間ほどは重症化しないといわれています。軽く症状が出て、自然治癒しますが、海外からの報告によると、基礎疾患を持っている猫、あるいは老齢の猫では重症化することがあるとされています。

その後、国内での報告はありますか

 猫が感染しているかどうかを診断するのはとても難しいと思います。根室管内は、新型コロナウイルスの感染者数が比較的少ない地域でした。そのような地域でも猫への感染例があったということは、日本全国では、感染、発症しても見過ごされていた猫がいたのではないかと推測しています。特にオミクロン株に変異してからは、症状が軽くなったため、さらに発見しづらくなりました。その後国内での報告はありません。今回の症例が国内最初で最後かもしれません。

ペットへの感染対策はどのような対応を

 世界中で動物への感染例が報告されていますが、今のところすべて人からの感染です。皆さんのペットを新型コロナウイルスから守るためにも、飼い主さん自身が感染しないことが重要です。

 もしも飼い主さんが感染してしまったら、ペットに咳やくしゃみなど飛沫をかけないこと。飼い主さんが使用したティシュなどをペットが舐めたりしないように適切に処理すること。ペットとの濃厚な接触は避けることなど、人への対策と同じです。当たり前のことをしっかりと行っていれば、さほど心配されることはないと思います。しかし、爆発的に人での感染が広がれば、動物への感染の機会が増えることになります。

 ウイルスは、動物の体の中に入らないと変異しません。人の体の中での変異と動物の体の中での変異は、大きく異なります。動物の体の中で変異したウイルスが強毒株になり、再び人に感染することが心配です。感染が野生動物に広がったら、収拾がつきません。

地域の医院として役割

 2021年にキャットフレンドリークリニック・ゴールドの認定を受けました。犬と猫は全く違う動物で、猫は小さな犬ではありません。猫はストレスをすごく感じる動物なので、自宅から連れ出されて病院に来ることにストレスを感じます。

 国際猫医学会(英国)では、猫にストレスをかけない配慮をして診療を行うことを目的に様々な基準を設けています。猫の診察をする時にはこういう対応をしてくださいというマニュアルを作成しました。マニュアルに適切に対応している動物病院には、キャットフレンドリークリニックの称号が与えられ、ゴールド・シルバー・ブロンズの3段階で評価されています。

 キャットフレンドリークリニックになるための審査は、何十項目もの厳しい基準があります。猫専用の待合室、診察室および入院室の設置、医療設備や診察の質なども審査されます。獣医師や看護師もしっかりと猫の特性などの勉強をしているか、年間何回学会で報告発表しているか、論文を書いているか、講習会に参加しているかなどの厳しい審査があります。さまざまな基準をクリアし、北海道で5番目、道東地域初のキャットフレンドリークリニック・ゴールドの認定を受けました。

 以前から猫にストレスをかけないように診療を行なっていましたが、猫と犬の診察室や待合室を分けたことは、猫の飼い主さんの心情としては大きいので、すごく良かったと思います。

 キャットフレンドリークリニック・ゴールドの認定は、一年ごとに審査があるので維持すること、猫だけではなく犬にもストレスをかけない診察をこれからも心がけていきたいです。

獣医師としてこれから

 医師では、横の連携がとれています。初めての症例を治療したら報告するのは当たり前です。報告することで、他地域の先生方も似たような症例があれば、電話で問い合わせたり、さまざまな連携で治療法などを教えてもらえますが、獣医師間ではあまりありません。

 私は、自分の経験や知見を獣医師として学術的に発信していく社会的意義は大きいと考えています。できるなら論文として発表することがベストだと思いますが、論文作成は結構大変な作業です。

 今回の受賞に関しては、特別なことをしたわけではなく、目の前の症例にしっかりと向き合うことが発見に繋がったと思っています。そのことを海外の症例を参考に学術的にまとめたことを、日本獣医師会から評価されたと思います。また、多くの方の協力があったからこそ成し遂げることができたと感謝しています。今後も獣医師として、「目の前の診療を一生懸命やる」というスタンスを継続できるよう日々取り組んでいきます。


 大切な家族の一員が新型コロナウイルス感染。今回の症例をもとにまとめられた論文を活用し、動物における感染症対策や治療に繋がることを期待したい。


(取材/2022年12月23日)