酪農危機からの脱出は可能か!?|現状を乗り越えるための対策と経営の見直し、質の向上を目指す

酪農危機からの脱出は可能か!?|現状を乗り越えるための対策と経営の見直し、質の向上を目指す

現状を受け入れながら先を見据えた取り組みと組合員と模索。消費者目線でこれからの農業のあり方を考える

インタビュー:下西 和夫 (しもにし かずお)
標津町農業協同組合 代表理事組合長


農協として経営のアドバイスや資金面など、
どのような動きをされていらっしゃるのでしょうか

 乳製品(特に脱脂粉乳)の在庫が過多になっている状況で、北海道として生乳の目標数量を決めているので、当たり前のことですが組合員の皆さんには目標とする数量を守っていこうと話をさせていただいています。当初計画していた量を出すことができない上、コストも大幅に上がり酪農家は大変な思いをしています。

 大切なのは消費者目線です。農家さんからはもっと生産したいという声ももちろんありますが、売れない状況の中どんどん生産しても在庫がさらに増えてしまいます。客観的に見てどうするべきかを考えていく必要があります。

 過去、バターの不足が問題になったことがありました。平成26年当初からおよそ2年前までの約6年間、畜産クラスター事業をきっかけに、多くの酪農家が施設機械投資をおこない増産を進めてきました。

 しかし、誰もが想定しなかったコロナ禍に入り、いきなりブレーキを踏む事態へ急変しました。ここが最大のポイントになっています。先を見越して増産基調に向かい投資をおこなった生産者は、返済をする必要もあるので頑張ります。もちろん農協としてもそれに向かってきました。

 「投資もしたし資本も増やしたのだから、生産させて欲しい」という思いは当然あると思います。世界規模で想定外のことが起こったわけですから、それに対応しなければいけません。このような中でもどう対応していくかが大切になってきますし、私たちはそのことを組合員に伝えなければいけません。

 松下幸之助さんの本の中で、世界大戦が終わり日本には何も無くなってしまったが、いかに時代に柔軟に対応して希望を持って前に進むかがポイントになるという話があります。確かに置かれている状況は先ほど言った通りなのですが、それを受け入れるところから始めなければいけません。

 今置かれている状況に柔軟に対応していくために、どう知恵を使うかということじゃないでしょうか。

 令和3年12月に5、000トンの処理不可能乳が発生するといわれました。何もしないでいるとまだまだ生産量が増えてしまうため、昨年中旬から淘汰に関しての取り組みを各単協でおこなってきたと思いますし、当農協でもおこなってきました。
 今年度に関しては、当初は道内の生産目標を415万9、000トンでスタートしましたが。410万9、000トンになりました。

 生き物を扱っている中で淘汰という言葉はあまりよくないのですが、これ以上生産できないから生産を抑えるために淘汰する。機械ならともかく家畜は生き物ですから、やはり一番心が痛むところです。しかし、牛に限らず家畜を扱う職業の運命だと受け入れることができるかどうかではないでしょうか。

 一方で、増産のために頭数を増やしてきたのも人間です。雌が産まれやすいよう改良してきたのも人間です。これも自然本来の姿ではありません。産業として当然のことですし良い悪いで括れないことですが、ある意味では人間のエゴとも言えます。捉え方なのではないでしょうか。

 今は異常な状態で、どの組合員も厳しい経営状態が続いています。国や道、市町村農協の資金投入は行われています。収支がとれない状況になっている現在、我々としても柔軟に対応する必要があります。これまでの酪農経営では成り立たない状況なわけですから、今を乗り切るための方策をしなければいけません。

 もちろん資金だけではなく、今後に向けて個別に相談やアドバイスなど密接にやりとりをおこなっています。

 酪農という分野はなかなか一般的にはわかりづらい部分もあると思いますが、割と収支構造が単純で、牛乳というのは国の買い取りなので、その収入はガラス張りです。

 経費もはっきりしていて、餌代が約4割です。そして肥料代。建物や機械などの償却費や燃料、労働費。それら全ての経費が2年前と比べて上がり、エサ代で約3割上がっているのでかなり高コストな状態で経営しているわけです。乳価に換算すると約10円、10円コストが上がっているわけですから以前のようなバランスで経営できないのが今の状況です。

今後農協としてどうのように業界を支えていこうと考えていらっしゃいますか

 需要が落ち込んでいるため来年度も更に抑制という中で、酪農業界はこれからも進む必要があります。

 これまで数年先を見越して、ロボットの投入や施設投資、労働力不足を補うため、哺育育成センターやTMRセンター建設など将来の投資をおこなってきました。投資を行ってきたことで、生産基盤は随分と整ってきました。

 しかし、生産抑制が続く状態では増産して収入を得ることができないのですから、コスト削減を行いながらも収入を確保する必要があります。そのためには経営の見直しをする必要があります。

 これまでのモデルケースが成り立たなくなってしまったのですから、様々な面から見直しを行い、できることとできないことを見極めて現状に見合う経営をおこなっていくことが大前提になります。そのことをしっかり受け止め考える必要があります。

 また、消費者目線からするとなぜ飲用乳や加工乳がこんなに余っているのに価格が高くなっているのか、余っているなら安くなるのではないかと思う方が多いのではないかと思います。その安くならない理由を我々はしっかり伝えることも義務であり、責任だと考えています。

 酪農分野は一番悪い土地の条件や気候の条件下でやれる産業です。同じ北海道でも、気候条件や土地条件の良い地域では、畑作、米作等ができる地域もあります。これは日本だけではなく、世界的に一番悪い条件のところでやられているのが酪農なんです。ヨーロッパでは、酪農をないがしろにするような国は滅びるとも言われているそうです。このような条件の国土を利用することは国としても大切なことです。

 日本の国土は本当に狭く7割以上が森林です。当組合は標津町、羅臼町の住民が組合員です。すぐ後ろは世界遺産で、気候的にも厳しいところです。そんな条件のところにこれだけの牛たちがいて産業として成り立っている。これは我々が酪農家だからではなく、国家として非常に大事だからだと思います。その辺も含め一般消費者に理解しもらうことも大切だと考えています。

この逆風の中で離農の決断をされた組合員様もいらっしゃるのでしょうか

 どのような経済状況によって離農したのかを見る必要がありますが、今回の情勢で経営バランス、収支バランスが崩れて離農されたところはありません。

 ただ、先々離農を考えていた酪農家の方が、今回のことでその時期を早めてしまうことはあり得ると思います。
今は異常な状態です。このような状態になることがわかっていて経営不振に陥ってしまうようであれば、経営責任も問われることもあるかもしれませんが、想定することはなかなか難しく、そのために厳しくなったことに関して組合員に問うことはできません。

 全道の農業団体そのものがこの状況を乗り切るための資金を確保していますし、手厚く提供していくことなので、なんとか乗り切っていただくことができるのではないかと考えています。
 食料を生産する産業ですから、他と比べても手厚く手当のできている産業かなと思います。ですから、ここを乗り切って意欲を持って続けていこうと考えている経営者の方々を徹底して応援していこうと考えています。

 また、このような状況下ではやり甲斐を感じてもらえる仕事になるかどうかも今後重要になってきます。魅力がなければ担い手も結局減ってしまいます。酪農は、毎日の仕事だったりで7割が大変なことが多いです。しかし、残りの3割は大変な7割以上の喜びややりがい、希望に溢れています。多くの時間を費やしても希望や面白さを感じてもらうことができると思います。

 新規就農に関しても同じで、その希望や面白み、やり甲斐を感じてもらうことができる職業にしていくためにはどうすれば良いのかを、組合員の皆さんと考えていくことを今後も続けていければと思います。

(取材/2022年12月27日)


 いつまでこの状況が続くのか多くの人が不安に思う中、農協も国や道、自治体の支援を受け、農家に対しての直接的な支援のほか、ホクレンや乳業メーカーに働きかけなど、大きな経済負担を強いられている農家に対し、少しでも切迫した状況を低減するために日々奔走してきた。一次産業が衰退すると地域経済そのものが停滞しかねない。この状況から脱するための方法はあるのか。はたまたこれ以上の支援方法はないのか。地域住民は牛乳の消費拡大を応援する以外にできることはないのかを改めて考える時期に来ている。