![](https://mediawe.online/wp-content/uploads/2021/01/bcbf446eb9113cd01520d3f3726e5a13-1024x508.jpg)
崖っぷちからの立て直し
地域医療を守るため町立中標津病院の経営改革が本格的に始まった
町からの繰入金約18億円、約8億円の借入金。その巨額な赤字体質は長く問題視され、町の財政を圧迫してきた町立中標津病院。
平成29年3月には「町立中標津病院 新経営改革プラン」を4ケ年計画でスタートさせ、独自に経営改善に取り組んできたが、NPO法人病院経営支援機構に協力を依頼、6月にプロジェクトチームを立ち上げ、外部の専門家を交えた経営改革に乗り出した。
【取材】城西大学 経営学部マネジメント総合学科教授
伊関 友伸(いせき ともとし)
特定非営利法人 病院経営支援機構
理事長・薬剤師 合谷 貴史(ごうや たかし)
特定非営利法人 病院経営支援機構・連携支援パートナー・社会福祉士
塚本 洋介(つかもと ようすけ)
崖っぷちにある中標津病院の経営
伊関 私は12年前ほど前に、夕張市の財政破綻に伴って、夕張市立総合病院(現 夕張医療センター)の医療再生に関わりました。現在の中標津病院の経営状況は、夕張市の病院に並ぶぐらいまずい状況です。中標津町本体の一般会計から1年で約16億円の繰出金を受けて、それでも約8億円の一時借入金(短期借入)が生じています。
中標津町本体も、貯金である財政調整基金※1が減少している状態ですので、これ以上病院に繰り出しを続けるのは相当厳しい状態です。ただ、夕張のケースと違うのは、夕張は市が財政破綻して病院も破綻しましたが、中標津町の場合は、病院の経営を再建できれば町の財政もなんとか維持できるのではないかと考えられるところです。
もし、中標津病院がなくなれば、町民の皆さんはすべて釧路の医療機関にかかることになりますが、相当厳しいと思います。中標津病院は中標津町民だけではなく、隣接の町の患者さんを受け入れる道東のセンター病院です。なくてはならない病院です。それがゆえに経営を再建することは絶対に必要です。そのために本気で再生しなければなりません。
中標津病院の経営が悪くなった要因は色々あるのですが、一番大きいのが医師不足です。2004年の新しい医師の研修制度※2の導入以降、大学医局に属する医師が減り、医師を派遣する力が落ちています。地域にとって必要な数の医師を派遣できない状況にあります。特に、中標津病院のような、交通の便が悪い地方の医療機関に医師が勤務しなくなり、結果として患者さんが他地域に流出し、収益が悪化しています。
私は自治体病院の経営について研究する学者です。中標津病院のような自治体病院は、経営的に甘いところがあり、病床がなかなか埋らない傾向があります。病院として、やれることを一つ一つやっていく必要があります。
町民の皆さんも中標津病院がどうなるか心配だと思います。むりやり給与カットなどのリストラを行って収益改善しても将来はありません。必要な投資を行いつつ、職員の意識変革を行い、患者さんに病院をもう少し利用していただいて、入院患者を増やし、収益を改善することが病院の経営再建のポイントになります。
NPO法人病院経営支援機構(東京/以下NPO)さんとはよく仕事をさせていただくのですが、病院再生で最も大切なことは病院職員の皆さんとの対話です。NPOのスタッフが職員の皆さんと積極的にコミュニケーションを取り、対話を通じて病院の経営再生をしていく。これはこのNPOさんの特色でもあります。コミュニケーションを通じて職員の皆さんの意識を変えていただき、やる気を向上させる。実際、少しずつですが病院の雰囲気が変わってきたかなと感じています。
![](https://mediawe.online/wp-content/uploads/2021/01/18863d187ededd39ec95fdf37a17de19-1024x683.jpg)
(写真)伊関 友伸
「集患」と「入院単価増」が収益改善のポイント
合谷 職員の想いや、やる気を大切にしていかなければいけないと考えています。私は北海道内では公立芽室病院や伊達赤十字病院、市立札幌病院、社会医療法人博愛会開西病院の経営再建に関わらせていただいています。それぞれの病院で課題は違いますが、企業再生と一緒で、収入を増やして費用をできる限り削り、働きがいのある職場を作っていく。この3つが病院経営支援に取り組むにあたって考えていることです。
収入を増やすためにはどうするかというと、「患者増」と「単価増」の2つがあります。言葉は適切ではないかもしれませんが「集患」と言い、まずは患者さんに来ていただくことが重要です。また、施設基準※3や診療報酬※4をしっかり取得して、一人当たりの入院単価を上げていく。大きくはその2つが収入を増やす方法になります。患者さんに来ていただくため、医療機関や救急隊、住民の皆さんに働きかけをする必要があります。
今回、周辺医療機関を訪問し、顔を出してみて分かったことがありました。まず医療機関ですが、町外の医療機関では、中標津病院で白内障の手術ができることを知らない先生もおられます。どのような医師が勤務されているかも知らない。中標津病院ではどういう医療が行われているかを知らないために、患者を紹介していないケースがあることが分かりました。町外の医療機関に対して、中標津病院で行うことのできる医療を知っていただく働きかけをする必要があります。
救急については、この地域の特性があります。例えば、中標津病院に近い別海町民の方の救急の受け入れをどうするのか。他町の方でかかりつけが中標津病院の場合、軽症の救急搬送先をどうするかなど、いわゆる1次救急と2次救急の受け入れの確認と調整が必要だと感じます。救急受け入れに関して、中標津病院の体制や、他の病院との医療機能分化など、町民の方々へのご理解をいただくことの必要性も感じます。誤解を解き、今、中標津病院でどんな医療を受けることができるのか、病院の現状を知ってもらうことで、病床利用率が上がってくるよう現在取り組んでいます。
![](https://mediawe.online/wp-content/uploads/2021/01/e9c4bf1da64db62679a973aa5e2829d6-1024x683.jpg)
(写真)合谷 貴史
提供する医療の質を上げて収益を改善する
伊関 ホテルであれば部屋毎に自由に金額設定ができますが、病院にはまず基本料があり、加えてこの一定の基準を満たせば診療報酬加算※5が認められます。加算をきちんと取っていくと結構な金額になるのですが、今まではあまり積極的に取っていなかったように思います。
診療報酬加算は医療提供の質の向上に対して厚生労働省が定めているものです。たとえば人を配置したり、体制を整備するなど、一定の基準を満たすことで診療報酬加算を取得し、収入を上げることになります。診療報酬加算の制度にきちんと対応することが必要です。そうでなければ全国的な医療提供のレベルの向上から遅れることにもつながります。そういった面からも診療報酬の加算を取ることが必要になります。ただそれは職員の皆さんの負担になることもありますし、基準に達していないために取れないものもありますので、きちんと見極めていかなければなりません。
相手の立場に立ったコスト削減
合谷 コスト削減に関してですが、医薬品診療材料や外注検査など、いろいろ見直すところがあります。ただコスト削減には、相手となる会社と担当の方がおられます。交通の便の悪い地域にある中標津病院に厳冬期でも安定的に物品を運んでいただくことや在庫切れ、故障などのトラブルへの対応、医療情報の提供などについて大きな貢献をいただいております。単純に値段だけを見て高い安いと判断して、一律に削減するのではなく、会社や担当者の事情も理解した上で、双方合意の上で削減していく必要があります。
家計を例にとると、ビールを飲まれるのであれば、ビールをやめて発泡酒にしよう。でも月1回は大吟醸を飲んでリラックスしよう。子どもが小さい時はできるだけ国産の野菜や肉を買おう、でも子どもが大きくなってきたら外国産のものも少し入れて食べる量を増やす。日常生活におけるコスト削減と同じです。院内で十分調整を図り、経済性の高いものと医療の安全性の高いものが両立できるように知恵を絞ることが必要と考えます。ただ、病院の経営を考えれば、乾いた雑巾をさらに絞るという意識は必要であると考えます。
先日、病院のプロジェクトチームと医薬品卸業者との間で価格交渉・価格削減の協力のお願いをしました。病院の現状、収益増を最大の課題ととらえていること、その上での協議の場であること、今後の病院の姿勢をきちんと説明し、病院の想い、経営改善の本気度を感じてもらって交渉に臨みました。町民の皆様にはなかなか見えてこないことが多いと思いますが、一つ一つ着実に経費削減の取組を進めています。
また、どこの医療機関にも言えることですが、患者受入体制の更なる強化も取組テーマです。地域医療を担う医療職の方々には、その病院で、その地域で具現化したい想いがあります。地域医療への想いに対して、1つずつ着実に実現していくことを推進します。もちろん、自治体病院としての使命役割に沿ったものになりますが、具現化することで達成感が得られます。可能な範囲で一つずつ積み上げていき、職員の皆さんが働きがいのある職場を実現できればと考えています。
このような取り組みで、一気に経営改善が達成できるとは考えておりません。しかし、このような取り組みを一生懸命積み重ねていけば、病床利用率や1人当たりの単価が上がり、コスト削減が図られ、結果として大きな経営改善につながっていくと考えています。
常勤の医師確保の必要性
合谷 人件費が高すぎるのではないかという意見があります。人件費に関しては、人件費率※6が高いという見方と人件費そのものが高いという見方との2通りがあり、人件費率が高い点については収入を増やしていくことで結果として人件費の比率を低下させていくことが近道だと考えています。人件費そのものについては、特に非常勤で町外から来られる医師の報酬は高い傾向があります。移動のための交通費もばかになりません。医師の人件費に関しては、中標津に限らず北海道は全国に比べ非常に高い傾向にあります。
北海道は陸続きではありませんので、基本的に北海道大学、札幌医科大学や旭川医科大学以外から大学医局派遣の医師は来ません。しかしこれら北海道の三大学の医局も所属する医師数は限りがあります。非常勤の医師でもなかなか送っていただけません。そのため、大学医局派遣以外で、東京などから非常勤の医師の勤務をお願いすることになります。
他県では、新型コロナウイルスが感染拡大した際に、他県からの医師派遣受入を停止した例があります。しかし北海道でそれを行うと医療が止まってしまうので受け入れるしかありません。そういった特別な地域です。また非常勤の医師の勤務を一度断るともう来てくれなくなる可能性もあります。非常勤の先生が来ないと、常勤の医師の負担がさらに増えます。これを防ぐためには常勤の医師を増やすしか方法がありません。何よりも常勤の医師を増やす努力を継続することが重要だと思います。
人への投資が人件費率減と収益増に
伊関 やはり収益を上げていくことが必要で、人件費率が高いから職員の給与を削減するということにはなりません。看護師に関しても、必要な医療を行うためには増員する必要があります。今回、看護師の初任給調整手当を作り、若い人の給料を向上させ、さらに看護師や職員で一生懸命勉強して資格を取った人については資格手当を出すことを検討しています。人に対して積極的に投資を行い、医療提供の質を上げて患者を集め、収益を増加させることによって、結果として人件費率を下げることが重要です。
収益の改善は、外来は医師を疲弊させることになるのであまり増やせません。入院患者についてはもう少し増やすことが必要と考えています。
高齢者が急増している地域ニーズを考え、今よりも長期療養的な患者さんを受け入れることも必要と考えています。その中で地域包括ケア病床※7を入れるべく検討作業を進めています。さらに一般病床でも長期入院している患者さんが現在もおられます、そういう患者さんの受け入れも今より増やしていくことも検討すべきと考えています。
病院の場合は、人を雇用して体制を充実させ、患者を増やし、単価を上げることで収益を改善することが重要です。自治体病院を所管する総務省も、病院の職員雇用のあり方に関しては自治体本体とは別だと考えて政策誘導を行っています。自治体病院の経営再建をする方法は給与カットではないと考えています。
それでも収益が上がらず、町の財政も破たんしてしまう可能性があります。その場合、次の段階に移行することとなります。病院の医療機能の大幅な縮小や運営の民間委託などの対応をせざると得なくなります。私はそのような事態にしたいと考えていません。ただ、現状は病院の経営はぎりぎりの状況です。職員の皆さんにも危機感を持ってもらいたいと考えています。
伊関 約16億円の繰り出し金はすべてが町の税金ではありません。国の地方交付税という制度があります。病院すべてを独立採算で経営させているわけではなく、自治体病院などに対して国が財政支援をしています。地方交付税の中に「過疎地(不採算地区)病院」という項目があります。今までは交付の基準が150床未満の病院でした。中標津病院は199床で対象外でした。
それが今年の4月に制度の改正があり、総務省は地方の中核病院、地域の医療を支えている病院には支援をしなくてはいけないということで、対象を500床未満の病院に変更しました。今回の制度改正で、中標津病院は交付税措置の対象になり、新たに7〜8,000万円の交付税措置を受けることができます。この交付税もきちんと受けながら収益を改善していきます。
ケガに例えると今は血がどんどん流れている最中です。改善しなければいけないことは色々とありますが、まずは血を止める必要があります。血がある程度止まってから体力を回復していくことになります。止血の方法にも色々あります。赤字解消だけを目的に病院を一方的に規模縮小することには賛成できません。地方の一生懸命頑張っている病院を機械的に縮小すると、地域も次第に縮小してしまいます。
私は、全国あまねく一定の水準の医療を受けることは国民の権利であると考えています。たとえば救急で釧路に行かなければいけない場合があります。でも1時間半かかります。冬場はさらに大変な状況になります。これが当たり前の地域で、赤字だから中標津病院の医療をなくしてしまえということにはなりません。
大切なのは医療提供の質を高めるバージョンアップで、医療提供の質の向上と収益改善の両立を図ることであると考えています。
これまでの町立中標津病院 新経営改革プラン
(平成29年度〜平成32年度 ※令和2年度)
![](https://mediawe.online/wp-content/uploads/2021/01/6efa0433d6fb564fdc8d9884b101f981-1024x626.jpg)
![](https://mediawe.online/wp-content/uploads/2021/01/941bdd3f4e41a4fdc874717abaf730f8-1024x568.jpg)
![](https://mediawe.online/wp-content/uploads/2021/01/c8b6bbeaef72d3dc9d17312719e604f7-1024x626.jpg)
![](https://mediawe.online/wp-content/uploads/2021/01/2bd666b86f1b6c2c8b2f0b1011cb3c62-1024x515.jpg)
![](https://mediawe.online/wp-content/uploads/2021/01/da4f81e508da3ee8c909b35798f6de26-1024x448.jpg)
![](https://mediawe.online/wp-content/uploads/2021/01/564228a70fcbb9a6fd24215ea8cfad6b-1024x594.jpg)
※1 財政調整基金
年度によって生じる財源の不均衡を調整するために、財源に余裕がある年度に積み立てておく地方自治体の貯金。
※2 医師臨床研修制度
医師が将来専門とする分野にかかわらず、基本的な診療能力を身につけることができるよう2年間の臨床研修を受けることが義務化された。
※3 病院施設基準
医療法で定める医療機関および医師等の基準のほか、健康保険法等の規定に基づき厚生労働大臣が定める保険診療の報酬を受けるための基準。
※4 診療報酬
保険診療の際に医療行為等の対価として計算される報酬。
※5 診療報酬加算
入院基本料等加算、人員の配置、特殊な診療の体制等、医療機関の機能等に応じて算定できる点数(報酬)。
※6 人件費率
病院の収入に対する人件費の構成比率。
※7 地域包括ケア病床
入院治療後、病状が安定した患者に対して、リハビリや退院支援などの医療を提供し、在宅復帰を図ることを目指した病床。