認知症の医療と介護『人生100年時代』

認知症の医療と介護『人生100年時代』

認知症の薬と治療

医療法人 樹恵会石田病院
院長 石田 康雄

今回は認知症(アルツハイマー型認知症・レビー小体型認知症)の治療について説明したいと思います。 認知症の治療は、認知症の原因となっている病気によって異なります。治療の種類には薬による薬物療法と手術療法、リハビリテーションやケアによる治療があります。認知症患者の最大の問題は、生活機能の低下に伴う患者さんのQOL低下とご家族等の介護負担です。環境調整、ケアの工夫、リハビリテーションは言うまでもなく重要ですが、薬物による適切な治療は欠かせません。ドネペジルが1999年に発売され、それまで明確な薬物療法がなかった認知症において薬物治療が行えるようになりました。その後2011年には新しく3剤(ガランタミン、リバスチグミン貼付剤、メマンチン)が発売され、これらの薬剤を組み合わせることなどにより、広く認知症の治療が行えるようになりました。これらの保険適用されている抗認知症薬はアセチルコリンエステラーゼ阻害薬とNMDA 受容体拮抗薬の二つに大きく分類されます。これらの薬剤は、根本的治療が難しい認知症の進行抑制にたいして効果的です(表1)。

アセチルコリンエステラーゼ阻害薬は、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症の中核症状を抑制するとされています。アセチルコリンは、脳の記憶保持・集中・覚醒に作用がある神経伝達物質です。患者さんの行動や感情、言動の活発化が期待でき、自発性の低下や意欲の減退、無関心などが主体の人に処方すると効果が期待できます。アルツハイマー型認知症になると、このアセチルコリンが少なくなります。そのアセチルコリンを分解する酵素であるアセチルコリンエステラーゼの働きを阻害し、情報伝達をスムーズにする薬がアセチルコリンエステラ ーゼ阻害薬です。アルツハイマー型認知症では、軽度から重度まで幅広く使用できます(表1)。

NMDA受容体拮抗剤は、過剰な刺激を抑えて神経細胞を保護する薬です。グルタミン酸は興奮性の神経伝達物質で、それを受け取るNMDA受容体が過度に活性化すると神経細胞が傷ついてしまいます。NMDA受容体拮抗剤はNMDA受容体に結合し、過剰な刺激を防ぐことで記憶の情報伝達の機能を整える効果があるとされています。行動や感情、言動を安定化させ、やや抑制的に作用します。易怒性や暴言、不穏、介護に抵抗するなどの介護に困難をきたすときに使用すると効果がみられます。NMDA受容体拮抗剤は作用機序が異なることから、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬の3剤のいずれかと併用が可能です(表1)。

アセチルコリンエステラーゼ阻害薬の主な副作用は、吐き気や嘔吐、下痢などの消化器症状、徐脈などがあります。イライラや興奮、攻撃的になることも稀にあります。イライラや興奮に対しては、気持ちを穏やかにする効果があるNMDA受容体拮抗剤の併用などで対応します。NMDA受容体拮抗剤の副作用は、フラツキ、めまい、眠気、食欲不振などです。薬の量を減らしたり、夕食後に服用することで対処します(表2)。

アルツハイマー型認知症の新薬「レカネマブ」の国内の製造販売が令和5年9月25日、正式に承認されました。アルツハイマー型認知症の原因は完全には解明されていませんが、「アミロイドβ」や「タウ」と呼ばれる異常なタンパク質が脳内に蓄積して神経細胞を死滅させることが、発症の一因と考えられています。アミロイドβ等の蓄積は、時間の経過とともに増えていくので、アルツハイマー型認知症の症状は、それに伴って、徐々に進行してい きます。軽度発症の約10年前から自立した生活は送れるが、本人や家族が気付く程度の物忘れ(軽度認知障害)が起きています。アルツハイマー型認知症は本人も周囲も気付かない段階から20~30年かけて脳内でゆっくりと進行しています。今回承認が了承されたレカネマブ(商品名レケンピ)は、このアミロイドβに結合する人工的に製造された抗体を医薬品とした注射薬になります。実際の使用では2週間おきに点滴静注します。成分として含まれている抗体が脳内に貯まっているアミロイドβと結合し、抗体自体の働きや抗体に集まった免疫細胞などの働きでアミロイドβを分解除去します。アリセプトなどの場合は、アミロイドβの蓄積はそのままなので、いずれ神経は死滅し、神経伝達物質の減少を抑制する効果そのものが意味をなさなくなり無効になります。

このことからアリセプトなどは対症療法なのに対し、レカネマブは根本療法に近い薬と言えます。 アミロイドβの蓄積の確認は、陽電子放出断層撮影(PET)あるいは脳脊髄液検査(CSF検査)の2種類があります。しかしアミロイドPET用の放射性診断薬に使用されている放射性物質は半減期が極めて短時間などのため、検査可能な機関が限られ、現時点では、検査を受けることが困難な状況です。脳脊髄液検査は、侵襲性の高い腰椎穿刺が必要になります。これらのことよりレカネマブの使用が可能な患者さんは、アルツハイマー型認知症の1割に満たない可能性があります。さらに医学的適応を満たしたとしても、高額な薬剤費という経済的な問題があります。いずれにせよレカネマブには現状では過度な期待はできないようです(図1)。


医療法人 樹恵会 石田病院
院長 石田 康雄

昭和59年 埼玉医科大学卒
平成元年 埼玉医科大学大学院卒 学位取得
平成2年 飯能市立病院 副院長
平成3年10月 石田内科医院 副院長
平成11年1月 医療法人樹恵会 石田内科クリニック 院長

■専門医など
日本内科学会認定医、日本消化器病学会専門医、日本肝臓病学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本東洋医学会漢方専門医、日本人間ドック健診専門医、日医認定産業医、日医かかりつけ医制度研修終了、日本温泉療法医

■認知症関連
平成27年 認知症サポート医
平成30年 認知症初期支援チーム
令和元年 日本認知症予防学会専門医