経営者自身が具体的な目標を持ち、情報共有と効率的な運営を進めて持続的な発展を実現させる
インタビュー:浦山 宏一 (うらやま こういち)
道東あさひ農業協同組合 代表理事組合長
クラスター事業ではどのような取り組みが行われましたか
JA道東あさひでは、地域の農業発展を支えるため積極的に施設建設に取り組み、平成27年からの4年間で70件の畜舎整備を行っています。その他にもバンカーサイロは67基整備され、車両も4台導入しております。また、合計で103台の搾乳ロボットが導入されました。
生乳生産に必要な環境づくりのため、クラスター事業を活用して施設整備の充実を進めた結果として組合員に対する総合的支援が実現しています。
生産基盤を拡大した方々はどのような影響を受けていますか
一般的なケースを考えると、新たな事業計画を立てる際に、例えば牛乳生産を100頭から200頭に増やすようなケースでは、必要な施設や農業機械の導入に伴う投資計画が必要です。この投資計画は事業計画とも言えます。1億円の投資を行って2億の生産量を目指す場合、今後の経営の中で投資した資本をどのように回収していくかを考える必要があります。
通常、このような計画は段階的に行われ、例えば5年間で目標を達成するとします。最初の年は1、000トンを目指し、その後年々頭数を増やしていく計画です。このような計画を立てる際には、1億円の投資を5年後の返済計画と結びつけ、どの段階でいくら返済が必要であるかを考えます。
ただし、生産を抑制することが求められる昨今の状況では、計画通りに進めることができず、当初の目標値に到達できません。このような場合には資金繰りや返済計画が厳しくなります。
事業計画においては、急激な規模拡大に対しても、計画的な資金繰りと利益を見込むことが重要です。しかし、これは一概に言えるものではなく、経営体ごとに状況が異なるため、個別の事情を考慮する必要があります。
現在の生産抑制について、その理由と背景をどうお考えですか
基本的な要因は、コロナウイルスの影響が大きいですが、それ以前から特に脱脂粉乳の在庫について私たちは悩んでいました。北海道では8割の牛乳を加工向けで販売しており、そのため乳製品の在庫量は重要な課題です。特にバターや、脱脂粉乳の需給の跛行性といった課題がありますが、現実的にはバターの生産によって必ず脱脂粉乳が生産されるわけですから、在庫量のバランスが難しい課題となっていました。
2014年から2015年にかけては、バターの不足が顕著で、店頭からバターが姿を消すような状況が発生していました。その時、脱脂粉乳にはある程度の在庫がありましたが、バターの不足は深刻な問題でした。その後も脱脂粉乳やバターの在庫量は、時折過剰になる時期がありましたが、基本的には脱脂粉乳の在庫は一定水準を保っていました。
しかしながら、コロナウイルスの影響により、インバウンドが減少し、社会活動の停滞が続いたことで、消費が大幅に減少しました。特に、バターや脱脂粉乳の在庫は急速に増加し、限界を超えてしまいました。この状況下で、供給量を適切に調整する必要がありました。
私たちは、消費の拡大や新製品の開発を促しつつ、生産者自らが生乳1㎏あたり3・5円を拠出し、海外との価格差を補填して輸入脱脂粉乳との置換対策等も実施しながら脱脂粉乳の在庫の減少に努めています。
また、生産量を抑制し、供給量を調整して在庫を適切に管理する取り組みを行っています。こうした取り組みは、過去にも何度か行われてきましたが、今回のコロナウイルスの影響下での課題に対する対策として日本の乳業や酪農の歴史の中で、4度目の試みとなります。
酪農経営において、現在どのような課題や問題点があると考えられていますか
現在は生産抑制や物価の上昇などが酪農業界を取り巻く重要な課題となっています。生産量を抑える必要がある一方で、生産資材の高騰が利益を減少させ、物価の上昇が賃金上昇を凌ぐ状況が続いています。こうした中で多くの生産者はJAの支援に頼りながら経営を続けており、競争が激化して経営の困難さが増している実情が浮かび上がっています。
特に注目されるのは、若い世代の就業意欲や定着率の低さです。労働社会への適応が難しく、競争心や向上心が不足しているケースが目立ちます。過度な保護環境や競争回避の傾向が、若い世代の競争力を弱めている可能性が考えられます。
ただし、これは全ての若い世代に当てはまるわけではありません。個人差や状況によって異なるばかりか、労働社会における競争がすべての分野で好ましいとは限りません。バランスのとれた環境が求められているのです。
さらに、少子高齢化の影響も大きく、地方でも生活環境や経済状況に変化が生じています。このため、若い世代の定着が難しくなる要因ともされています。
総じて言えるのは、酪農業界を取り巻く課題が多岐にわたり、若い世代の意欲や経営継承にも大きな影響を与えているということです。こうした課題に対処するためには、教育や支援制度の見直し、働き方改革などが検討されるべき要素となっています。また、経営者や関係者の意識変革も欠かせず持続的な取り組みが不可欠です。
現実の経営状況を考えると、施設を建設し生産拡大を進める際に、国の政策と経営者の判断が必ずしも一致しないという観点が見受けられます。経営者としては、独自の洞察力を持ちつつ経済環境を総合的に考慮して投資を進めることが必要です。単に政策に従うのではなく、状況変化や市場の動向を的確に把握し、臨機応変な判断と対策を取ることが求められます。
投資の判断にあたっては、過去の経験や動向も有益な情報源です。しかしながら、過去の好況が持続するという前例にとらわれずに、環境の変動も予測に含めるべきと考えています。好況は性質上、継続性に限界があることが一般的です。そのため、経済学者ではなくとも、そのような現実に目を向けることが重要です。
しかしながら、経営者としての判断は容易ではありません。当時の状況や入手可能な情報に基づいて投資を決断した人々も、環境変動などの予測は限界があり、影響の範囲を的確に捉えることは極めて困難であると言えます。こうした状況下において、経営者が下した選択を、後から振り返ると評価が難しい実情があることを示唆しています。
結局のところ、国の政策や経済環境とは別に、経営者自身の洞察力や判断が大きな役割を果たすと言えます。過去の経験や現実的な状況を考慮しつつ、投資のリスクとリターンをバランスよく考え、将来の展望を見越して慎重な判断を下すことが、経営者としての責任と使命であると断言できるでしょう。
酪農業がこれから目指すべき方向性について、関係者の意見は一致していますか
一般的に、酪農業界の経営目標や方針は大枠では一致しているものの、具体的な手段やアプローチは異なることがあります。例えば、20年ほど前には「マイペース酪農」と呼ばれるスタイルが注目を浴びました。このアプローチは、ゆとりある酪農経営を追求し、低投資で無理のない酪農を推進することを目指しました。しかしながら全ての経営者が同じ考え方や目標を抱くわけではありません。個々の経営者によって方向性は大まかには共通していますが、主眼やアプローチは異なります。過去においても、経営統合や収奪といったアプローチが存在しましたが、これが必ずしも誤った方針とは限りません。経営者は自らの洞察力をもとに進むべき方向を選び、経営を通じて安定した生活を実現し、地域社会での暮らしを充実させるための方法を探求しています。
施設整備や新技術の導入など様々な投資が行われてきました。これらの投資は省力化や生産性向上を目指すものであり、人手不足の中で生産拡大に向けた重要な取り組みとなっています。手法こそ異なれど、最終的な目標は酪農業を通じて充実した生活と生きがいを創出することに繋がっています。経営者は皆、自身の経営方針や価値観に基づいて選択をくり返し、目指す目標に向かって精進しているのです。
こうした取り組みは国の政策や支援とも関連しています。クラスター事業や国内生産への支援など、政策が施設整備や技術導入を後押しする取り組みが行われています。これは酪農業の持続的な進化に寄与する一環であり、経営者は自身の方針と照らし合わせながら、最善な判断を行うための指針として活用して行かなければなりません。
酪農の規模拡大と法人化の課題と成功の鍵は何だと考えられますか
酪農経営を法人化して行くことについて、私は金融業界が積極的に関与すべきだと考えています。
もし経営を企業的な視点で取り進めるのであれば、その方針について十分な議論が必要です。しかしながら、これまでの経験から考えればこの課題は酪農に限ったものではないと思います。
一般社会においても企業は時に課題に直面します。企業は規模に関わらず、その存在意義を明確にする必要があります。企業の存在意義の一つは、従業員とその家族を支えることです。また、企業は社会に寄与し、地域社会の発展に貢献する役割を果たすべきです。
特に大規模な企業は、従業員の生活を支えるだけでなく、社会全体への貢献が求められます。
技術力や知識を通じて、日本経済の成長に寄与することも重要です。私は企業がこうした使命を果たすべきだと考えています。
企業の存在意義は従業員の福祉や社会への貢献にも繋がります。企業の成功は、理論だけでなく、理念を実行する行動によって実現されます。また、外部からの助言も受け入れつつ、自身の経営感覚を尊重することも欠かせません。
成功した経営者の体験を聞くことは価値がありますが、そのまま真似てもすべてが成功する保証はありません。自身の状況や価値観を考慮し、そのアドバイスを適切にアレンジすることが要求されます。行動力と情報収集能力も大切であり、経営者は計画を練るだけでなく、実行に移すことが成功への道だと考えます。
将来に希望を持てるようにするためにどのような取り組みをされていますか
地域的な協力が重要です。複数のJAが連携して情報共有や共同事業を推進することで、生産面の効率化やブランドの確立が図られます。例えば今多くの酪農家が取り組んでいる和牛の受精卵移殖等についても、その育成技術やブランド戦略に関する情報も共有し、組織内での協力体制を強化することも必要だと考えています。
また、分社化や事業譲渡によって効率的な運営が目指されています。この点に関しても、情報管理の強化が不可欠です。JAは各組合員に対して、より多くの情報を提供し、経営改善をサポートする仕組みを整える必要があります。将来の展望や投資に関する判断は、単に理論にとどまらず、自身の経営感覚を信じて行うことが大切です。ただし、その判断には慎重さと現実的な見識が欠かせません。成功体験を参考にしつつも、独自の経営スタイルを築くことが肝心です。経営者自身が具体的な目標を持ち、自身の経営感覚を尊重しながら、情報共有や効率的な運営を進めることで、持続的な発展を実現できるでしょう。
(取材 2023年8月9日)