日本初のアイスマラソンその真の目的とは

日本初のアイスマラソンその真の目的とは

極寒の中、凍りついた野付湾を走るアイスマラソンとは何なのか。その仕掛け人に聞く─。

インタビュー:吉田 貴広(よしだ たかひろ)
MAGNETPLACE 代表理事


 「アイスマラソン」という聞きなれない名のマラソンが、極寒の別海町で2月に開催される。プロジェクトに関わるメンバーには冒険家や元プロのアスリートなどなの知られた人たちが名を連ねる。
 冬季間は訪れる人も少なくなるこの地域で開催される「アイスマラソン」とはいったい何なのか、何のために開催するのかを、仕掛け人である人物に聞いた。


アイスマラソンを主催する一般社団法人マグネットプレイスとはどのような法人なのでしょうか

 私は中春別出身で、一緒に活動している高橋工業社長の高橋とは、小中高の同級生になります。

 私たちの法人を一言で表すなら、地方自治体と民間企業とともに地域活性化を図る団体です。

『人を繋ぐ、価値を繋ぐ、未来を繋ぐ』
を理念として、地元の企業の方々の協力と、自治体との交渉を繰り返しながら、多くの事業を仕掛けています。

 ちなみに私は、水泳のコーチとして、札幌と東京のイトマンスイミングスクールで指導していましたが、アスリートのパフォーマンス向上の研究をしたくて独立し、2021年からは中央大学の研究所で客員研究員をしつつ、現在は茅ヶ崎にある林水泳教室グループで、指導運営の統括をしています。

 マグネットプレイスを設立するきっかけとなったのは、2021年に高橋から講演会を依頼され地元に戻る機会があり、その時に別海町の人口過疎化の話になったことからです。

 僕たちが居た30年ほど前には人口が2万人になると言われていましたが、それが今は1万5、000人になったと聞き驚きました。また、先輩である別海町商工観光課の課長とも話をしていて、別海町はもともと、パイロットマラソンを開催したりスポーツ合宿で陸上などの合宿が多かったのですが、冬は人をなかなか呼べなという話も聞きました。

 1次産業に対しての取り組みとして、農政課とともに、別海町の牛乳を飲もうという「1DAY1MILK」というプロジェクトの企画運営や、今回のアイスマラソンを通じて、野付半島や尾岱沼の海産物のこと、北方領土が近いとか、自衛隊が日本で一番大きな演習場を持っているなど、牛乳だけではない別海町の価値を町民だけじゃなく全国に広められたらいいと思っています。

▲別海町長と白戸太郎氏


 基本はプレゼンテーターでイベント企画がメインですので、どれだけの人を巻き込むかを考え活動しています。マグネットプレイスでは現在賛助会員を募り、地元の方たちに出資してもらい進めています。

アイスマラソン開催の経緯

 水泳合宿と同様に、トライアスロンの一番大きなアイアンマンレースという大会をここでやれたらなと思っていて、別海町に世界から人を集まってくる未来と、その可能性について、洞爺湖のトライアスロンを含め、大会の監修を数多く手がけている東京都議会議員の白戸太朗さんに別海に来てもらい、私たちの想いを聞いていただきました。

 その中で尾岱沼の野付湾が凍る話になり、白戸さんから、北極と南極、ロシアでは凍った海を走るアイスマラソンが毎年開催されていることを聞きました。世界中から人が集まり、日本で参加したことがあるのは6人居て、その中の一人を知っているというのです。

▲凍りついた野付湾。当日はここにコースを作りマラソンを行う。

ちなみに参加するために南極へ行くには、渡航費込みで1人300万円くらいかかります。時間も費用も大きいのでハードルが高いんですね。

 早速昨年6月に南極アイスマラソン参加者の渡辺さんに実際現地を見ていただいたのですが、まるで南極のようでここでアイスマラソンが出来たらとても魅力的なことだというお話をいただきました。

 白戸さんからも、トライアスロンも面白いが、そもそも日本でやったことのないことを別海町で開催することになりますし、東北海道エリアを知床や羅臼は知っている方は多いと思いますが、インパクトのあるイベントとなるので、1回やってみたらどうかとご提案いただいたこともあり、1番凍る2月にアイスマラソンを開催することになりました。

 プロジェクトメンバーには、マグネットプレイスがプロジェクト実行委員となり、ディレクターが白戸さん。札幌の土地開発や都市計画に携わっている僕の水泳の教え子の伊藤くん、さらに南極アイスマラソンに参加したことがある渡辺さん、北極冒険家で北極を1人で横断したという荻田さんがメンバーになります。また、自衛隊の方々にも特別協力という形で当日手伝っていただくことになっています。

別海アイスマラソンはどのようなイベントになりますか

 開催の前日の2月11日に萩田さんと白戸さんの対談とレセプションをおこない、当日12日の朝8時から42キロ(IceSeaMan)、16キロ(NorthanTri)、2キロ(Ice Tri)の3つの種目を開催します。基本は凍った海の上に1周4・2キロのコースを作り、そのコースを回ることになります。

 ちなみにNorthan Triの種目を作ったのは、現在、ロシアが実効支配してる北方領土の国後島が野付半島から16キロで、こんなに近い距離のところにあることを参加者の皆さんに体感してもらおうという思いで作り、別海町でアイスマラソンを行う上での大きなメッセージと考えています。

 周回チェックポイントとなるスタートフィニッシュ地点で、エイドステーションと採暖休憩用テントを設置して、ドクターを配置します。周回を重ねるごとに何周かに1回ドクターチェックをおこなったり、休憩を取ったり出来るようにして安全管理をおこないます。少なくても1時間に1回は体調管理をおこなってもらいます。また、やはり極寒の中走るのにはリスクも生じるため、時間は6時間半で最後の周回に入るよう時間制限を設けています。

 今回のアイスマラソンは、プレ大会のような位置付けになります。試験的に行い2024年に向けてノウハウの蓄積と、写真や映像などの素材集めも行う予定です。
参加対象となるのは基本的には国内の方々ですが、後々は海外の方も呼べたらと考えています。全くやったことがないことがないものなのですが、少しずつ実績を積み上げていきたいと思っています。現在、すでに80人を超える申込があるのですが(取材時)、ネームバリューのある白戸さんや荻田さんが協力してくださっているのは、大きな後押しになっているのかなと思います。

 マラソンと講演会のほかにも、生乳生産量日本一なので、やはり牛乳のことを知ってもらいたいですし、自衛隊がこの地で、日本で一番大きな演習場で日本のために活動していることを知るきっかけにもしたいです。北方領土がこんなに近い距離にあることも再認識してもらえればと思います。アイスマラソンでは、このように別海町を知ってもらうための場にしたいです。

▲BMAの賞状とべつかい乳業興社の牛乳と飲むヨーグルト。

▲1DAY1MILKにて、別海町よりBMA(別海ミルクアンバサダー)に認定された2人。

 また、漁師の方々にも協力していただいているので、漁師さんが取ってきたホタテを使用した漁師飯の企画や、別海町とフィンランドの気候が似ているという点から、コンテナサウナやテントサウナに入るなどのオプションも用意しました。これは参加費とは別に料金がかかりますが、ぜひ体験してもらいたいですね。

今後の展開についてお聞かせください

 活動していて感じることは、自治体の前向きな協力体制と、地元企業の賛同、さらには外部有識者との連携がとてもスムーズであることが大きな要因になっています。僕たちだけでは何もできません(笑)

 遊休施設の有効活用の為、閉鎖期間のプールやキャンプ場の利用を推進していただけたことで、水泳合宿やサウナ事業などを進めていけましたし、さらにはアイスマラソンのような突拍子もないイベントにも町全体が協力的です。

 マグネットプレイスの名前の通りですが、目指す方向が一緒なら、そこには磁石のように人が集まってくれるし、それぞれの立場からできることを進めていくことによって色々な動きにつながっていくことが、地方活性化に絶対必要なことだと実感しました。

 もちろん課題は多くあります。今後、別海町を好きになっていただいた時に泊まるところが無いとか、移動手段が少ないことなど、移住定住の促進に向けて解決すべき問題が洗い出されています。その為に、コンテナホテルの活用や、保育留学ができるような形を作ったり、地方版のワーキングホリデーのような枠組み、長水路(50m)プール設立の可能性など、具体的な話にはなっていませんが、今後のまちづくりに繋がることをどんどん提案していこうと考えています。

 最終的には教育や健康、当然雇用が生まれるような流れにしないと過疎化の一方ですし、ただ別海町に住んでくださいといっても、どんなにいい町だと言ってもそう来るわけがありません。僕らはこういった面で動いていこうと考えています。

 10年くらいの期間をみた計画を立てています。マグネットプレイスは現在、一般社団法人ですが、地域再生推進法人という制度があり、その認可を取ることができれば、町が作る地域再生計画に参画できるようになります。それを目指して、やれることからやっていこうと活動しています。

 まずは現在使っていない施設を使うこと、冬にキャンプをすることもできるでしょうし、プールも通年開いているところがひとつもないので開けて利用することができると思います。やりたいことはたくさんあります。そのためにも知名度を上げる必要があると考えています。

(取材/2022年12月21日)


 人口減少を受け、町に人を呼び込むための取り組みのひとつとして開催される「別海アイスマラソン」。日本はもとより、世界でも類を見ないこのイベントは、別海町をはじめ、地域の過疎化の流れをスピードダウンさせるため、また交流人口を増やし地域経済の火星化を図るための呼び水となるのか。今後に期待したいイベントだ。